青春カーニバル

 私には、少し歳の離れたはとこがいる。従姉妹が結婚して、その結婚相手は再婚で、しかも連れ子。その連れ子と私は割りと……歳が近い。でも、少し歳が離れている。そんな微妙な年齢差。だけれど、かえってそれがよかったのか私たちは、姉弟のように仲がいい。
 私が、一人暮らしをしていると知ると、大学生になるから大学に近い私の部屋に下宿したいと言い出して、そいつの両親(つまり従姉妹)と私の両親をどうやったのか説得させて、私の部屋に転がり込んできた。
 私の部屋は、一人で暮らすには若干広い部屋だったけれど、まさか私は誰かと同居するなんて考えもしなかったから、急にそんなことを引越し当日に携帯電話越しに言われて、あきれて何もいえなかった。
 奇妙な同居生活にも慣れてきた頃、年越しだった。
 はとこの政宗は、若いエネルギーを余らせているらしく、夜はバイトか合コン。私のいないときには、女の子を連れ込んでいいよと言ったら、翌日お泊りしている女の子と玄関で鉢合わせして、あやうく修羅場になるところだった。そのときは、実の姉って嘘をつくことで切り抜けた。
 三十日は、友達と夜通し飲んでくると政宗は言っていた。彼は、十九歳のはずだから本当は飲んではいけないのだろうけれど、大学生になってしまったらそんな区別はなくなっている。変に酔っ払って犯罪まがいのことはしてこないみたいだし、精々、二日酔いで翌日布団の中でグロッキーになっているぐらいだ。
 以前、政宗は酔っ払った私がみたいと、言い出して(いつも冷静沈着なのが気に食わないと言っていた)日本酒を片っ端から開けて私についでいったが私が落ちるより早く、同じように飲んでいた政宗のほうが撃沈した。

 馬鹿め。

 私は、大学時代の通り名は「うわばみ」しかも、「日本酒は水だと言い切る会」という謎のサークルに無理やり参加させられたのだ。
 あまりの酒豪ぶりに両親は、「女の子はお酒に酔うくらいの可愛げがないと」とブツブツ呟かれたが、そんなこと知ったことではない。
 政宗は懲りてないのか、年越しには酒を飲もうとだいぶ前から酒を買い込み……大晦日に帰ってくると言い放って部屋を出ていった。


 大晦日の早朝。まだ、始発が動いたばかりの時刻に玄関の扉ががちゃがちゃと開いて、人がなだれ込むような音がした。政宗一人が帰ってきたにしては、大きな音だったが、朝も早いことだし気にしないで寝ることにした。寝返りを打って、布団をかぶりなおして寝ようとしたら、私の部屋の扉が開いて、次の瞬間には掛け布団をめくられた。眠たい目を開けて、状況を確かめると、政宗が図々しくも私の布団に入ってきた。事態に驚いて、硬直している私の体を抱き寄せて、抱き枕のようにぎゅぎゅっと政宗は私を抱きしめる。
 酒臭い……。
「政宗?! あんた、自分の部屋で寝なさいよ」
「俺の部屋は、ツレが寝てる」
「ツレでも抱いて寝てなさい」
「野郎なんか抱いてもつまんねぇよ」
 どうやら、飲み仲間を連れて帰ってきたようだ。
 私のベッドは一人用のため、二人で寝るには無理がある。それなのに、政宗はぎゅぎゅっと抱きついてきて無理にでも二人で寝ようとしている。苦しいし、恥ずかしいし、とにかく距離を置こうともがくけれど、手馴れているのか政宗は私の抵抗をすべて封じて私の耳を甘噛みした。
 声にならない悲鳴をあげると、政宗が目を瞑ったままクツクツと喉の奥で笑っている。
「honey あんまり焦らすなよ」
「ちょっと、絶対、誰かと勘違いしてるって」
「勘違いなんか、してないさ。あんた、意外と……可愛いところがあるんだな。初心で」
 その後の言葉は途切れた。政宗が眠りに落ちたのだ。スースー寝息が耳元で聞こえて、私は政宗の腕から脱出することをあきらめて、こんな状況で寝れるかなと考えながら目を瞑った。



 大晦日には、部屋を掃除して正月飾りをつけようと思っていたから、目覚ましをセットしておいた。セットした時間になって、目覚ましがけたたましく鳴り、政宗の腕からそっと逃れて目覚ましを止めた。着替えたいのだが、政宗がベッドで寝ている。政宗を覗き込んでみたら、完全に寝ているようで、気がつかないみたいだし、念のためにタオルを政宗の顔にかぶせて私は着替え始めた。
「俺は、白が好きだな」
 政宗の声がやけにはっきり聞こえて、私は思わず振り返った。ベッドの上で寝転がって、タオルを片手に持ってにやにや笑っている政宗と視線がぶつかった。私は、こげ茶色で白のレース飾りがついている上下おそろいの下着だけを着けている状態で、これから着ようとしていた黒色のハイネックのセーターを右手に持ってつったっていた。
「その色は、誘ってるようにも見えるが、脱がして興奮するのは白だな」
 私は、いまさら何を言われているのか理解して、手に持っていたセーターで体を隠して左手で身近にあったクッションを手にとって政宗に投げつけた。
「出て行け! スカポンタン」
 政宗は難なくクッションをキャッチして、それを抱きしめる。
「減るもんじゃねぇし……わかった、 stop it 落ち着け……もう見ねぇって」
 政宗が向こうへ寝返りをうって頭からタオルをかぶったのを見届けてから、私は着替えを再開した。政宗は、私が投げたクッションを抱きしめたまま、また眠りについたみたいでなんだかかわいらしい。デジカメで、そのラヴリーな寝顔を激写して、あとで大学の後輩に売りつけようと心の中で笑った。


 朝食の支度をしようと、キッチンに向かうと政宗の部屋から誰かでてきた。政宗より少し年上で、政宗よりも野性味のある顔立ちの青年だ。
「あれ、もしかして噂のさん?」
「確かに、私はだけど」
 キッチンで手を消毒している私に、親しげにその青年は声をかけてきた。屈託のない笑顔がとても、ひとなつこい。
「俺、猿飛佐助。さんのことは、聞いてるよ」
 誰から? なんて訊かなくてもわかる。アレだ。今、私の部屋で惰眠をむさぼっている奴があることないこと吹き込んでいるのだろう。
「それは、お耳汚しね」
「そんなことないって。さんがいい女だってのは、聞いてるやつはみんな理解してるよ〜。だって、竜の旦那が女連れ帰るときは家にいないんでしょ?」
「政宗って、一週間おきの金曜日に必ず女の子を連れて帰ってくるから、その日は家に帰らないようにしてるだけよ」
「そのとき、さんは彼氏の家?」
 私は、割っていた卵の手を止めて猿飛君を見返した。彼は、ソファに座ってこちらを興味深そうに見つめている。
「……友達の家に泊まってる」
「え? 彼氏の家じゃないの?」
「ほかには……シティホテルに泊まるか。最近、女性だけだとエステサービスつきの宿泊プランとかあるから、それをつかって癒されてきてるの」
 ふーん……と猿飛君は、うなずいてにっこりわらった。
さん、彼氏いないんだ」
「あえて触れなかったところに、いちいちツッコミをありがとう」
「いそうなのにねー」
「……政宗には、秘密ね。私がどこに泊まっているのか」
「なんで?」
「気を使われても困るし……」
「引け目を感じる?」
 私は、すぐには答えないで温まったフライパンに卵液を流し込んだ。
「どうかな?」
「知ってる? さん、竜の旦那、同じような女しか連れ込んでないの」
 私は焦げないように、卵が焼けるのをじっと見ている。
「政宗も好みのタイプぐらいあるでしょう」
「黒髪で、肩ぐらいまでの長さ。身長は竜の旦那の肩ぐらいまで。そして……」
 私は焼きあがった卵焼きをお皿に載せて、温めていた味噌汁をおわんによそる。
「猿飛君も食べる?」
「味噌汁だけほしいなぁ。あと一人、部屋に死んでるのがいるから起こしてくるよ」
 猿飛君は、政宗の好みのタイプをいいかけたまま、政宗の部屋に向かった。部屋の中でどういうやりとりが行われているのかわからないが、猿飛君は無理やり起こしてきたのか、寝ぼけ眼で政宗と同じ歳ぐらいの青年が猿飛君と一緒に出てきた。
「おはようでござる、殿」
「おはよう」
 どうして、どいつもこいつも私の名前がすぐにわかるのだろう。
「竜の旦那は、どこ?」
「私の部屋で寝てるわ」
 猿飛君は、私の言葉ににやにや笑いを浮かべる。その笑いは、どこか政宗の笑いに通じるものがあって、やはり友人なんだと思った。
「……起こしてくる」
 私がキッチンからでて、政宗の部屋に向かう途中で、猿飛君が私の背後に声をかけた。
「あとね、料理の上手な娘、好きだよ。旦那はね。泊まらせたら料理を作らせてるみたい。なんかに執着してるみたいで、普通に上手な娘にだって『まずい』っていって張り手くらってたよ」
 意外と、古風な女の子が好きなんだ。帰ってきたら、温かい料理が待ってるのが理想、とか。私は自分の部屋なのにもかかわらず、ドアをノックしてから入った。変な気分。
 政宗はまだ眠っていて、私が来たことにも気がついていない。
「起きて政宗。友達は起きてるわよ。ご飯もできたし」
 寝起きのいい政宗だけれど、今日は簡単に起きてこない。いったい、どのくらいお酒を飲んだっていうのだろう。私は、政宗に投げつけなかったクッションを手にして、彼の頭めがけてクッションをなげつけた。唸るような声があがって、政宗がのっそりと起き上がる。
「おはよう、政宗」
「なにしやがるっ!」
「ご飯よ」
 政宗が起き上がったのを確認して、私は部屋からでた。すると、猿飛君が腹を抱えて笑っている。
「なによ」
「だって、竜の旦那、『限りなく理想に近い女がいるが、朝起こすのだけは怖い。それを直してくれたら完璧』って言ってるからさー。まったく、さん朝起こすのは、怖いね」
「は?」
 理想に近い女?
「竜の旦那の好みに一致するでしょう。黒髪だし……」
「なにが、黒髪だし、だ。猿飛」
 背後から、私の腹に手を回され政宗が抱きついている。
「なにしてんの、政宗」
「照れるなよ、いつもしてるだろう」
「してないっての!」
「おはようのキスが無かったから、拗ねてんのか?」
「そんなの一回もしたことないでしょー!」
 どうしたっていうの政宗!
「猿飛がバラしたようだから、容赦はしないぜ」
「や、やだっちょっと……!」
 政宗は私の首筋に顔を埋めると、ぺろりと舌で舐めてきた。抵抗しようにもがっちり抑えられていて、どうすることもできない。猿飛君の背後に立っている彼が、こちらをみて顔を真っ赤にして打ち震えている。
 私が何か言う前に、政宗の手によってあごを捕らえられ、無理やり政宗のほうを向かされる。あっというまに政宗の顔は私の目の前にあって。
「破廉恥でござる〜〜〜っ」
 顔を赤くしていたであろう、彼が叫んだのだろう。だって、確かめようが無い。私の目はつぶっていて、政宗の唇は私の唇に触れている。
 その熱い、唇に。



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