子ども扱いしてんじゃねぇよ
(そんなこと、言われたって……!)
私は今の状況に、心の中で呻いた。なんだって、私の主君である方が私を廊下の壁に追い詰めて向かい合わせに立っているんだろう。
私の顔の両脇に、殿の両手がつかれていて私を囲って出さないかのようにしている。左目からはいつになくぎらっとした眼差しを感じる。私のわずかに引きつった表情が、彼の瞳にぼんやりと写っていた。
「子供扱いするなよ……なぁ?」
ついこの間まで、私の肩ぐらいまでしかなかった身長はいまや、私のほうが殿の肩ぐらいまでしか身長がない。成長期なので、あっという間に背が伸びるというのもあるだろうが、私がしばらく家の事情で里帰りをしていて、お城に奉公していなかった間に、だいぶ成長されたようだ。
「いえ、決してそんなつもりでは……」
殿はいったい、何が気に食わないというのだろう。ただ、いつものように殿を起こしに行き、毎朝聞かされる睦言の練習にも付き合い、(これから迎える奥方様に向かっていいなさいといつも言っているのだが……)廊下ですれ違ったときに、「眠いから膝を貸せ」と言われて苦笑しながら了承したのにもかかわらず……この状況だ。
「子ども扱いしてねぇのなら、無防備すぎるな」
「無防備……?」
きょとんとして、私が聞き返すと殿はやれやれ、とため息をつきながら私のほほを右手の指先でなぞり上げる。そのわずかに触れる感覚に、肌が粟立つ。
「男が部屋で膝枕しろっていわれて、それだけで終わると思うか?」
「あ……」
なるほど。
感心している場合ではないけれど、そんな発言が藤次郎様からでてくるとは思わなかった。小さいころから、武芸に励みそのような発言とは無縁のような生活をされていたので、意外だった。
でも、自分の身が危険だからといって主君の命令を拒否はできないから、私の受け答えは間違っていないと思う。
「しかし、殿。私のような嫁き遅れを相手にするような殿方もおりますまい。ご心配ご無用にございます」
仮に、相手が主君じゃなくそのような台詞を殿方から言われるところを、想像してみたが……あいにくとそんな場面は露とも浮かばず、精々幼い甥子が母代わりに膝枕をねだっている姿ぐらいしか思い浮かべられなかった。
なぜか、殿は不機嫌そうな表情で私のことをじっと見ている。
「お前を相手にしたいという奴がいたら?」
「お見合いの話でも、持ち上がっていますか?」
ここ最近はないことだったけれど、家臣同士の婚姻を主君が取りまとめるというのも割りと多いことだ。伝えられないでいた忍ぶ恋を主君が取りまとめたり、功績のあった家臣の褒美として年頃の娘を紹介することもある。
どっちに転んでも、私は年頃を過ぎていて、適さないと思う。
「そうじゃねぇよっ」
本当に、分かってないのか?とブツブツと殿は文句を口に乗せているが、私にはまるで思い当たる節がない。
「とにかくっ……いいから、俺の部屋に来い。you see? 逃げるなよ」
逃げるも何も、がっしりと手首をつかまれ、殿の部屋に連れて行かれる。
もしかして、眠くて不機嫌なのだろうか。それじゃ、本当にまだまだ、お子様だ。
「やっぱり、お前の膝枕が一番落ち着く」
部屋に着くなり、膝枕をしろと言われすぐに、殿は私の膝に頭を乗せてきた。幼いころからやってきたように、頭をゆっくりなでるとすぐに寝息が聞こえた。
ここの場所、奥方ができるまで私が守っていますね。
わが恋を人知るらめや しきたへの枕のみこそ知らば知るらめ