私は、その日のことを思い出そうとすると、頭ががんがんして、心臟が苦しくなる。よく、ドラマの登場人物が記憶喪失で、記憶を取り戻そうとすると「頭が割れるように痛い」っていうけれど、それって本当のことなんだって私は思い知った。
私は、普通の大学生だったはずだ。普通かどうかは怪しいけれど、好きだった数学と電子が勉強できるならって選んだ大学に通っていた。歴史が好きだったから、文系でも良かったのだけれど現代文が苦手だったから、理系を選んだ。
それで……そう、大学には通っていた。でも、ある日、気がついたら映画のセットかといわんばかりの、昔の日本という景色が広がる世界に投げ出された。
助けてくれたのは、三春城の城主田村清顕の娘、愛姫だった。三春城の近くの稲荷神社に、戦勝祈願のお参りの途中だった愛姫が、神社の杜で倒れている私を発見したのだそうだ。そこは、異界とのつながりがあるといわれている場所で、私は神様からの使いだと思った、と愛姫は言っていた。
愛姫は、私にとても良くしてくれて、突然の生活の変化についていけない私を気長に、心強く支えてくれた。そして……一ヶ月あまりが過ぎて、体調が回復しこちらの生活にも慣れてきた頃、私は正式に愛姫の侍女となった。
愛姫は、私と同じ歳で色白で切れ長の涼やかな目元に、笑うと可愛いえくぼができた。本人は、その笑窪が子供っぽくて恥ずかしいと、とても気にしていた。
「、米沢城へ行きますので、ついてきてくださいな」
「はい、愛姫様」
米沢城には、奥州の竜と恐れられている伊達政宗が主である。愛姫は、伊達政宗の許婚でそろそろ輿入れの時期なのだという。私の覚えている限りの歴史だと、とっくに結婚していたはずだが、この世界では違うようだ。
独眼竜政宗に会うのは、私は初めてで、どんな人か期待が膨らむ。名君だった、とよく言われているから、きっと器の大きい、優しい人なのだろう。
愛姫様付きの侍女になってから、私は護身用として七首と短筒を懐に隠し持っている。背筋が良くなるからと、剣道を小さいころからやっていた所為で運動神経は悪くないほうだ。こちらの世界に来て鬱々と塞いでいるときに、みかねた愛姫が少しでも気晴らしになるように、と短剣の使い方と、短筒の使い方、乗馬の仕方それぞれを教えてくれる師匠をつけてくれた。
そして、私は彼女の護衛も兼ねるようになったのだ。
三春城のある陸奥国から米沢城のある出羽国へ、てっきり愛姫は、輿に乗って行くのかと思っていたら、馬が数頭用意されていて遠乗りがてら馬に乗って行くのだという。
愛姫は袴姿の動きやすい姿で、軽々と馬にまたがり馬首をめぐらした。他の付き人たちも、愛姫の行動には慣れたものらしく、同じように馬に乗っていた。私も、慌てて馬に乗りそれに続く。
「戦乱の世では、危ないのではないですか」
私が愛姫の隣に馬を並べて、走らせながら言った。
「残念ながら、三春の田村の一人娘を殺したところで、政治的価値はないの」
馬を走らせ、陽気に愛姫は笑い飛ばした。戦国時代、女性は家の奥に籠り、家を守り子を育てることだけしかさせてもらっていないと、私は思っていた。どうやら、それは……ここの世界では当てはまらないようで、武家の姫は乗馬も護身術も一通りできるのだという。さすがに、こうして政治について詳しいのは、珍しいことらしかった。
「たとえ……襲われたとしても、山賊ぐらいでしょう」
愛姫は、すばやく懐から短筒を取り出して、前方の木の陰に向かって引き金を引いた。一人の男が、木陰から血を吐きながら崩れ落ちた。それをきっかけに、山の斜面から次々と武装した男達が躍り出てきた。
「こんなところで、足止めされている暇はないわ。行くわよ」
愛姫を護衛しているのは、私を含めて五人。全員が女性であるが、それぞれに得意な獲物を持参している。私も懐から短筒をだしすでに、構えている。向こうは、歩兵で私たちは騎乗であるので、駆け抜けるにはこちらが有利だ。
愛姫の合図と共に、突然襲ってきた山賊に警戒しながら、山道を駆け抜けた。
平原に出てしまえば、不逞なやからに襲われることもないので安心して、馬を走らせることができる。もうすぐ、米沢城だと愛姫に言われて心が躍った。