米沢城では、すでに愛姫の訪問が知らされているらしく、すんなりと通してくれた。ただ、初めてつれてきた侍女ということで、私は城に入る前に別室で奥女中達に囲まれて全身調べられた。懐から出てきた、短筒と七首に女中達は眉をひそめて私を見つめた。
愛姫の護衛を兼ねている、と言っても武器を返してくれる気配はなかった。さて、どうしたものか、と思っていると愛姫自ら私の様子を伺いに来た。
「この者は、最近私付きの侍女になりました。信頼の置ける者です。もし、政宗様にお会いするのに、武器の携帯を禁止するのであれば、私も武器を預かっていただかないといけないですわね」
そういって、愛姫は悲しそうに懐から短筒をとりだした。女中達は、差し出された短筒を受けとってもいいのか迷っているようだ。
「遅いと思って、見に来ました……いかがしました?」
私よりも少しだけ年上の頬に傷のある男が、愛姫と女中達を交互にみている。とたんに、愛姫はほっとしたような表情をして、彼に言った。
「私の侍女を信じてもらえないようで……困っていましたの」
まるで小鳥のさえずりのような話し方で、それが余計に愛姫は、いいところのお嬢様だったんだということを私に強く印象付けた。そして、そんな声を出す相手はきっと『伊達政宗』だろうと、思った。
それは、まるで恋い慕う相手に話すかのようで……。
「これは、失礼した。愛姫様にはご不自由ないようにと政宗様から仰せつかっています。どうぞ、そのままでこちらに」
『政宗様』……?
この人は、伊達政宗ではないというの?
確かに、私の世界の「伊達政宗」は隻眼であって、この人は両目だ。でも世界が微妙に違うみたいだから隻眼ではない伊達政宗かと思ったのだが、違うようだ。
無表情に女中達が私の武器を返してくれるのを受け取って、私は頬に傷のある男を見つめた。彼は、私の視線に気がついたようで、軽く一礼して名乗りを上げた。
「片倉小十郎景綱と申します。以後、お見知りおきを」
強面だけれど、物腰は優しい人のようだ。私も、それに習って一礼して挨拶をした。
「と申します。よろしくご指導くださりませ、片倉様」
「……? どこぞの姫君であらせられるのか?」
しまった……!
苗字があるのは、それなりの身分のある人だけだったっけ……。
私が内心冷や汗かいているのを救ってくれたのは、すべての事情を知っている愛姫だった。
「田村の郎党、家の娘です」
どうやら私は愛姫の一族に忠誠を誓っている武家の娘として紹介されたみたいだ。でも、そんなに家なんて言っても大丈夫なんだろうか。調べちゃったらわかりそうだし。
「聞かない名でございますね」
「……事情があって、断絶した家の苗字をの父が継いでます故、ご存じないのかと」
腹の探り合いのような台詞だが、愛姫の小十郎を見つめる瞳は優しい。
「武門の家の娘となれば、腕もいいのでしょうね」
「は、強いのよ。私の自慢の侍女だもの」
愛姫が無邪気に微笑みながら言った。小十郎は、私のことを上から下まで値踏みするように見ている。
「そんなにお強いのでしたら、手合わせをしたいものですね」
そんな、ものすごーく強そうな小十郎とは手合わせなんかした日には、軽く転がされそうだ。小十郎が先導して、愛姫が歩き、その後ろを私がついて廊下を歩きながら、そんな話をしていた。
主の部屋に私たちは通された。上座は開いていて、そこに向かい合うように愛姫が座り、私はその数歩後ろに座った。小十郎は、入り口近くの脇に座った。けたたましい音を立てて、障子が開いた。まるで、鳴り物入りの登場かのように派手でうるさい。私が呆れて正座したまま見上げると、これまた派手ななりをした私と同じ年ぐらいの青年が居丈高に立っていた。
深い青い空色をした陣羽織を羽織って、腰には脇差が一本、さらに左右それぞれに太刀が三本筒ささっている。髪はざんぎり頭のように、ぼさぼさでおさまりが悪い。
誰だ……この派手な兄ちゃんは。
「よくきたな、愛」
「政宗様にもご機嫌うるわしゅう」
あー……そういえば、右目が固く閉じられているっていうことは、これがあの「独眼竜」?
私の「優しい殿様」という伊達政宗のイメージが音を立てて崩れていった。戦国乱世なのだから、優しいだけじゃ生きていけないに決まっている。
「新しいgirlつれてるじゃねぇか。hi,girl what is your name?」
ひどく聞きなれた日本語以外の言葉に、私はとっさに返事をしていた。です、と英語の授業で習ったとおりの発音で答えた。
「ok,do you speak English?」
「i do speak a little.」
伊達政宗が英語を話すだなんて聞いたことがない。この頃なら蘭語だと思うのだけれど、彼はそれだけ博識ということなのだろうか。私と同じ年ぐらいで、ほかの国の情報なんてほとんどなかった時代に、こんなに流暢な英語が話せるなんてこの人は相当な努力家だ。
「it's you! how do you like your new job?」
「suits me」
「i'll bet」
愛姫がぽかんとした表情でこちらをみている。そりゃ、そうか。いきなり伊達政宗と英語で会話をし始めたら誰だって驚くだろう。小十郎は、ちょっと不審そうに私を見ている。もしかして、武門の家の子は異国語を流暢に話したりはしないのだろうか。
「面白いな。俺以外に、異国語を話せる奴がいるとは思わなかったぜ」
「殿は、どのようにして言葉を学ばれたのですか」
まさか独学でここまで流暢な英語を話すことはできないだろう。
「異国人が俺の師だ。ここに客人として招いている。そういう、はどうなんだ?」
「えーと……」
私は、小十郎から問い詰められたとき同様、内心冷や汗をかいていた。さすがにもう一度、愛姫にかばってもらうわけにはいかないだろう。愛姫だって、異国語がどんなものかわかっていないみたいだから、フォローのしようがないみたいで、弱った表情で私を振り返っている。
「わ、私の家には……家同士の付き合いで……通詞がいまして、その人から習いました」
「通詞?」
通詞ってこの時代には存在しなかったのかもしれない。伊達政宗が不思議そうに、けれども興味津々と言った表情で、私に問いかける。
「えっと……言葉を翻訳することを仕事としています」
「i see.そういう奴が商取引にいれば、貿易は便利になるな」
政宗はすぐに納得してくれた。だけれど、小十郎の眉間にはしわが深く刻まれている。もしかしたら、彼の不信感をさらに煽ったのかもしれない。小十郎は、政宗に害をなす人がいたら容赦ないほど忠義に厚そうだった。
「政宗様、殿は武門の子として、武道も修められているそうです」
「ほう、それはcoolじゃないか。、俺と勝負といこうか」