なんで、私はこんなところにいるのでしょう。
剣道場で、竹刀を構えた伊達政宗と短筒を二丁を構えている私が向き合っている。周囲にはこの騒ぎを聞きつけて野次馬が大勢押しかけている。誰も彼もが、鍛え上げられた体躯をしているので、伊達家の家臣たちだろう。
私は、この世界に来てたった一つの異変を体に感じた。体が軽くて身のこなしが軽やかに行えるのだ。力も増して、以前にはできなかった瓦割など朝飯前であった。そのおかげで、剣道、武道の基礎を学んでもへこたれないだけの体力が養われた。見よう見まねでやったガン=カタも護身術程度にはできるようになっていて、さらに精度をあげたら本当に、無敵の戦闘員になれそうだ。
なにしろ、ガン=カタは常に敵の死角に入りながら、最大限の攻撃をする格闘術なのだから。この時代の拳銃は一発銃がほとんどなので、もっぱら銃撃は補助用として使うガン=カタにも適している。
「ほう、変わった戦い方をするのだな。いっておくが、接近戦ではそんな銃は役に立たない」
政宗は、ガン=カタを当然知らないのだろう。私は、黙ってうなずいた。小十郎が合図をし、私は一気に間合いを詰めた。政宗は手合わせがしたい、と言っていたから私を打ち負かしたいわけではない。軽く運動するから、かかってこい。ぐらいの気軽な様子だったので、先に攻撃してくることはないと思った。それに、素人相手に隙を突いて一本とるような、見苦しいまねをするような人でもないだろう。
私は、銃筒で竹刀を受け流して開いているほうの銃で、殴りつけようとした。それをあっさりかわされ、竹刀が容赦なく振り下ろされる。それをまた銃身で受けて、とその繰り返しだ。
政宗のほうからは何も仕掛けてこないので、様子を見ているに違いない。
「面白い戦い方をするな」
政宗は私が受けた竹刀をじりじりと、押しながら唇の端をにやりとあげた。戦えるのが嬉しくて仕方がないといった印象だ。
「愛の護衛というも満更じゃないな」
力いっぱいに押しのけられて、私は二、三歩下がった。そこへ、雷を帯びた竹刀を振りかざして政宗が袈裟切りをしてきた。
か……雷って!
しかも、「クレイジーストーム」とか呟いていなかったかな?
必殺技とかいうんだろうか。
近づいてくる竹刀に悠長なことを思いながら、私は全力でよける。そこに、なぜか心を駆ける衝撃が広がって、私も呟いていた。
「Dance Macabre」
体の中心の一点から風が吹き荒れるような、すさまじい熱量を感じて矢継ぎ早に拳を繰り出す。すべてそれは、政宗によけられるか受けられるかしてしまったのだけれど、私から、ごう、と音を立てて風が吹き荒れ、政宗の体を煽る。
「お前は、風の属性か。いい技だが、隙だらけだぜ。you see?」
政宗が踏み込んできて、竹刀を振りかざした。とっさに受けたものの、私は自分の体の変化に戸惑っていたので、体勢を立て直すことができない。政宗が、竹刀にも力をかけつつ右足を振り上げて私の体を蹴り上げた。胸にかかるずしん、という重さと衝撃に私は吹き飛ばされ頭から床へと落下した。受身も取れずに床にたたきつけられて、私は息が詰まって、悲鳴すらあげられなかった。
「おっと、そんなに飛ぶとは思わなかった。are you all right?」
床に突っ伏した私の頭の上から、ちょっとだけ悪びれた政宗の声が聞こえた。起き上がろうと頭を上げようとすると、柔らかくて優しい手が私の頭を抱き起こした。
「殿、ひど過ぎます。途中から本気だったじゃありませんか!」
鋭い声音は、愛姫のものだった。
「sorry.でも、こいつは小十郎とまではいかないが相当な使い手だな」
「だからって……!」
「落ち着けって、愛。次の戦、を戦列に加える」
私はぎょっとして、政宗を見上げた。
「田村城主には、五百の兵を率いてきてもらう予定だったが、を戦列に加えるのなら、一人を差し出せばいいぜ」
政宗の提案に、愛姫は息を呑んだ。田村の納めるところは、昨年が凶作で蓄えが少なく、とてもじゃないが農民たちを借り出して五百もの兵をしたてあげるのは、難しいことがわかっている。それを知っているから、私は何も言わないし愛姫も強く反対ができない。
「……父上と相談します」
「はやくしろよ、俺は気が短い」
政治的な取引を考えれば、私が今度の伊達軍の戦の戦列に加わることになるだろう。今や、私は田村家の郎党である。田村家の郎党が率いる五百の兵よりも私一人の方が価値があると、伊達政宗は宣言したようなものであった。私はそんなに価値があるようには思えないのだが、田村の殿は、十中八九伊達家に私を差し出すだろう。
それは、それでかまわないと思う。
戦場で戦えるのか、という疑問はあるが……この世界に来た以上、腹をくくるしかあるまい。
愛姫は、輿入れ先の米沢城に泊まるのかと思ったが、……私の感覚からして婚約者同士が同じ部屋で寝泊りしても違和感はないのだが……こちらでは、正式に結婚するまでは泊まることはしないようだ。来たときと同じように、馬にまたがり颯爽と自分たちの住む城へと馬を走らせる。来たときと違うのは、愛姫が思案顔であるのだ。おそらく、伊達政宗からの提案がそんな表情をさせている原因だろう。愛姫は優しいので、私を戦場に送り出すことに心を痛めているのかもしれない。
「殿にお会いして、どうだったかしら?」
まるで、「ご飯はおいしかった?」とか気軽に聞くような口調で、愛姫は私に尋ねた。私は愛姫の隣へ馬を走らせて少し考えてから答えた。
「びっくりしました。存在が華やかで……不思議に目を引くお方ですね」
私の伊達政宗公像が崩れ落ちた、なんてことは言えない。確かに、考えていた人となりとは違ったけれど、あの政宗には不思議な魅力のある人だった。そこにいるだけで、輝いて見える太陽のような人だ。自分も輝き、周囲にいる人も輝かせる稀有な存在。会見が短かったので、度量のほどはわからなかったが、女である私を容赦なく打ち負かしたところや、使える人材だと彼が判断すると女でも使おうとするところは、男女の別のない公平な君主の素質だろう。人の話もよく聞いていて、家臣たちの言うささいなことでもちゃんと受け答えをしていた。人の話をよく聞いて吟味する人は、よい主君になるという。彼は、やはり……名君になる器はありそうだ。
ただ、不思議だったのは見目麗しい男であるのに、異性としての女性の接し方がひどく不器用に感じられた。婚約者であり、やがては正室になる愛姫に対しては礼を失しない程度の礼儀正しい態度しかせず、まったく睦言を言わない。愛姫が小十郎やほかの伊達家の家臣と親しそうに話していても、それを止めたりせず好きなようにさせている。自分の隣に来るようにいうことはついぞなかった。
「愛姫様にとって、殿はどのような方なのですか?」
「……いい人ね。礼儀正しく、仮面をはずさない人」
愛姫の「いい人」といったときの複雑そうな表情を見て、私は何もいえなかった。二人きりのときにも、政宗は愛姫に他人行儀なよそよそしい態度をしているのだろう。
「片倉様や、ほかの伊達家の方々と仲がいいみたいで、嫁いでも安心ですね」
「小十郎はいい人よ。……とっても。私にも優しくしてくれる」
愛姫は、私に返事を返す前にすこしだけ微笑んだ。優しい笑顔は一瞬で消えてしまったけれど、ああいう笑顔はなかなか見たことがない。政宗に対する答えと同じ「いい人」という言葉で言ったけれど、政宗に対する答えと、小十郎に対する答えの響きが微妙に違う。愛姫は小十郎に親愛を感じていて、けれどそれをお家のためにひた隠しにして、伊達家に嫁ぐつもりなのだろう。
それでいいのか、と問うことは簡単だけれど、私のいた時代みたいに身分の差などない世界であれば愛姫も自由に思いを告げることが可能だっただろう。だけれど、彼女には家の存続、引いては田村に仕える家臣たちやその家族たちの命もその細い肩にかかっているのだ。それを考えたら、好きな相手と手を取り合って出奔するなんて……夢物語より遠い話だろう。
「姫様」
「なに、?」
「……お幸せに、なれると良いですね……」
「……そうね」
私の考えを愛姫が悟ったのか、それとも政宗とうまくいっていないということに対する慰めだと思ったのか、愛姫は切なそうに頷いた。
三春城につくころには、もうあたり一面真っ赤な夕日に照らし出されていた。