広い大広間で、組み分け帽子の歌をききながら期待と不安が入り混じった表情で新入生たちがあたりを興味深そうに見回している。ホグワーツ恒例の組み分け帽子の儀式の始まりだ。今年は、珍しくアジアからの新入生を迎えることになっている。
彼女の名前は……・。極東の国から来た、魔女のタマゴだった。
順に名前を呼ばれ、組み分け帽子が寮の名前を告げる。さきほど、ホグワーツに来るまでの間、コンパートメントで一緒だった男の子はグリフィンドールと叫ばれていた。
同じだったらいいな、とは思うけれど自分はグリフィンドールっていう柄ではないと、は思っていた。
「・!」
マクゴナガル先生に名前を呼ばれて、は高鳴る鼓動を抑えながらやっと返事をした。椅子に座って、恐る恐る組み分け帽子をかぶった。
『ほほぅ……家がまた来たか』
不意に聞こえた声に、は肩を震わせて驚いた。
「な……帽子がしゃべった……!」
『家の娘だろう……ふむ。お主は家の血筋が濃いのぅ……』
「そ……それは、スリザリンっていうこと……?」
血筋が重要なのはスリザリンだとは聞いていた。自分の家が魔法界にとって、どんな家柄かは知らないが、血筋といえばスリザリンしか思いつかない。
『家といえば、もう、これしかないじゃろう……』
組み分け帽子ときたら、の話を聞いていないようだ。愉快そうな声音で、広間中に響く声で寮の名前を告げた。
「レイブンクロー!!」
レイブンクローの生徒達は、基本的に真面目な生徒が多く、また読書家も多い。研究者に向いている性質の人が良く集まるらしく、自分の興味のあることはとことん調べる変人の巣窟でもあった。は、読書好きであったのでこのどこか落ち着いた、静かな雰囲気の寮がすっかり気に入ってしまった。
本ばかり読んでいるので運動は苦手だと思われがちだったが、寮対抗のクディッチではいい成績を残しているので、文武両道といってもいいかもしれない。はすぐに同じ部屋のマルガリータ・レクサスと仲良くなった。マルガリータは、濃い色の金髪のふわふわした巻き毛の持ち主で、は人形みたいだと思っている。日本にいたころ、そんな人形を目にしたような気がした。
そして、入学初日に友達になった同じコンパートメントにいた男の子は、やはりグリフィンドールで、たまに廊下ですれ違うぐらいだった。そのときも挨拶はしない。目も合わないから、きっと自分のことは忘れてしまったのだろう、とは考えた。
「薬草学の授業、グリフィンドールと合同授業だって」
マルガリータが両手の指先を口の前で合わせて嬉しそうに笑った。
マルガリータは、グリフィンドールに好きな人がいるので、合同授業は楽しそうだった。「初恋なの」と恥ずかしそうに呟いたのをは、可愛いなと思った。いつも、タイミングが悪いみたいで、マルガリータの初恋の相手を突き止めようと聞くのだが、相手の顔が見えないときに限ってマルガリータが教えるので、の認識ではまだ、「黒髪の男の子」ということぐらいでしかない。
「だって、カッコイイと思わない?」
「誰が?」
「シリウス・ブラック」
まるで宝物のように大切にマルガリータは名前を呟いた。
「好きな人?」
うん、とマルガリータは頷いた。
「でもね、彼だけじゃなくて……一緒によくいるジェームズ・ポッターもカッコイイってみんな言ってるの」
「ふーん……」
興味なさそうには返事をした。大体、名前だけを言われても誰だか顔が思いつかない。同じ寮生を覚えるのも苦労しているのに、他の寮生までは手が伸ばせない。七年生までいるので人も多いし、学校も大きい。世界が広すぎる、と拉致も無いことをは考えていた。
「あれ……?」
前を一人でとぼとぼと歩いているのは、同じコンパートメントだった男の子とではないだろうか。鳶色の髪の毛がひょこひょこっとあっちこっちに向いている。寝癖のまま歩いているみたいだ。彼を見かけるときには大概向こうは、一人でいることが多いような気がする。本当にたまにしかすれ違わないから、偶然だろうと思っていたのだけれど、今、廊下で彼が一人で歩いているのが気になった。
ずいぶんきょろきょろしながら、彼は歩みを進めている。教室への曲がり角へきても彼は構わずまっすぐ歩いていった。は気にせず教室のほうへ向かって角を曲がったが、やっぱり気になって足を止めた。
「どうしたの?」
マルガリータが不思議そうに歩みを止めたに振り返った。
「あー……ごめん。先に行ってて」
「もうすぐ始まるよ」
「ん、それまでには行くから」
くるっと向きを変えて、は鳶色の彼が歩いていったほうへ走っていった。きょろきょろしながら歩いていてくれたおかげで、はすぐに彼に追いつくことができた。
「おーい……」
鳶色の彼は、なんだろうっという表情で振り返った。走ってくるを不思議そうに見つめた。
「ね、次の授業一緒に薬草学でしょ?」
「そうだね」
久しぶりに聞いた彼の声は、初めて聞いたときと変わらない優しい声だった。
「授業の前にどっかいくのかな?」
「薬草学の教室に……向かってる……つもり」
鳶色の髪の彼は、ふいっと視線をからはずして、宙を泳いでいる。薬草学の教室に向かっているのかあやふやのようだ。
「教室ね、こっち。一緒に行こう」
彼が迷子になりそうだったという予想は当たっていたので、内心ほっとしながらは彼と並んで歩き出した。
「ね……ルーピン」
は気まぐれに跳ねている彼の髪を見ながら呼びかけた。本当は、入学当日同じコンパートメントだったことを覚えているか聞き出そうと思っていたのだが、口から出たのは違う言葉だった。
「私のこと、って呼んで」
同じコンパートメントだった、だなんていうのは野暮な気がしたから。
「うん……じゃあ僕も、リーマスって呼んで」
屈託の無い笑顔が、まるで太陽のようではリーマスの笑顔に見惚れた。それを隠すかのように、は慌てて言葉をつむぎだす。
「リーマスは……グリフィンドール……だったんだね」
「うん……はレイブンクローなんだね」
一緒じゃなくて残念とか……一緒がよかったとか、そういうことは言葉にできなくて、はすべてを飲み込んで、笑って頷いた。
「どう? グリフィンドールは?」
「うん……まあ、まあ……かな」
リーマスがどこか寂しそうに頷いているのをみて、まだ馴染んでないのかなと、は思った。
気がついたら魔法薬学の教室の前で、リーマスはグリフィンドールのほうへ、はレイブンクローの集まるほうへと移動した。
「ありがと」
リーマスはから離れる寸前、本当に小さな声で呟いた。は風に乗ったその言葉を耳にして、はにかんで笑った。
少しだけくすぐったい思いに、は心が泡立ち上機嫌でマルガリータの待つ席に移動した。その後受けた、ちょっぴり変わった先生の薬草学の授業はなんだか好きになれそうだった。