お願い、あと少しだけ……

he is holding something back

 マルガリータとお昼を一緒に食べる約束をしていたが、魔法薬学の先生から片付けの手伝いを任命されたは、教室から出て行く友人達の後姿を見送った。魔法薬学の授業は、ハッフルパフとの合同授業で終始和やかなものだった。がグリフィンドールの友人から聞いたところ、グリフィンドールはスリザリンとの合同授業で、それはそれは、ハチャメチャな授業なのだという。頼まれた機材をすべて片付ける頃には、お昼休みの四分の一は過ぎていて、誰かと一緒に食べるのは無理そうだった。
 広間ではほとんどの生徒が着席して昼食を食べている。中には食べ終わって、外へ遊びに行く生徒たちもいた。
 マルガリータも食べ終わっているようだ。は隣の空いている席に座って、パンを手に取った。正面にはグリフィンドールの生徒たちが座っているテーブルがあって、その端のほうでリーマスが小柄な少年と静かに昼食を摂っている姿が目に入った。
 そのテーブルの真ン中当たりで、マルガリータお気に入りのシリウス・ブラックと友人のジェームズ・ポッターが騒がしく昼食を取っている。二人は人気者のようで、周囲にはたくさんの友人達が囲っていてにぎやかに楽しそうだった。
 マルガリータはというと、やはりシリウスのことが気になるようで、ちらちらと彼に視線を向けている。はあたりを見回して、ほとんどの女子生徒が騒いでいるあの二人に熱い視線を送っていることに気がついた。そのぐらい魅力的なのだろう。
 はあの二人のかっこよさがよくまだ理解できない。勉強もできるみたいだし、運動神経も良いみたいだし……あの顔がカッコイイのだという。
 よくわからないな、と心の中で呟いてコーンスープをすすった。
 ジェームズとシリウスは、周りにいた人たちに軽く挨拶をして広間を出て行った。すでに食べ終わっていたマルガリータは、シリウス観察に行ってくる、と同じシリウスファンの友人達とシリウスがよく見えるスポットへと向かった。
 ひとりで、パンを食べながらふと、は視線を上げるとリーマスがまだ小柄な少年と静かに食事をしているのが視界に入った。物静かであまり目立つことをしないリーマスはどちらかというとレイブンクロー生の性質に似ているような気がする。
 それでも、「勇気」ですべてを越えて行くグリフィンドールの性質をどこかにもっているのだろう。
 なんとはなしに、リーマスを目が合った。リーマスも驚いたようで、だけれどすぐに微笑を浮かべた。慌てても笑みを返したが、なれないことだったので頬が引きつっていた。
 昼食を食べ終わって、は広間から出て行った。昼休みには特にやることは無い。かといって、読みたい本も無かったので図書室には行かず、たまに訪れる中庭の大木の根元で昼寝をすることにした。
 そこは、マルガリータがよく行く「シリウススポット」からも見えるらしくて、授業が始まる前にマルガリータが呼びに来てくれるので、都合がよかった。
 少し寒くなってきたけれど、まだ外で昼寝をしても大丈夫な気候だ。澄み渡った空を見上げて、まぶしそうに目を細めた後、は根元にごろんと寝転がって目をつぶった。そよそよと風の優しく吹きぬける音がの上を滑って行く。
「あれ……? 人がいる……」
 少しだけが眠りに落ちかけた頃、聞いたことのある声が上から降ってきた。視界が陰り、誰かが自分の顔を覗き込んでいるのだと気がついた。
「寝てるの……?」
 そっと囁くように呟いたのは、リーマスの声だ。はめんどくさそうにゆっくりと瞳を開けて、状況を把握しようとした。
「あ、起こしちゃった?」
「ん……まだ、寝てなかった」
「ここ、気持ち良いよね」
 リーマスは寝転がるのではなく、の隣に座った。もやれやれと起き上がって、気の幹に寄りかかる。
「リーマス、具合悪いの?」
 思いもかけないの言葉に、リーマスは驚いた表情をして聞き返した。
「この間会った時よりも、青白い顔をしてる」
「ああ……そう? ……うん……ちょっと慣れなくて、寝不足かも」
「そっか。ホームシック?」
「ん……どうだろ。大人数で寝たこと無いから……ちょっとドキドキする」
 寮の部屋は五人部屋だった。最初こそ戸惑う人も多いが、そろそろ入学して二ヶ月はたとうとしている。いまだに慣れなくて眠れないというリーマスは相当神経質なのだろうと、は思った。確かに、繊細そうな容姿をしている。
 が何か言おうと、口を開いたとたん木の枝の折れる音と、「いたっ」という悲鳴がすぐ近くで上がった。二人が声も無く驚いてその闖入者を見守る。
「いてぇ……。ったく、折れるとは思わなかったな」
 自分と同じ歳ぐらいの少年が、上から落下してきて地面にしたたかに腰を打ちつけたのだろう。痛そうにさすっていた。は唖然としたまま声が出ない。この少し端正な顔をした少年には見覚えがあって、それがマルガリータが追いかけているシリウス・ブラックだと気がついた。とっさに、近くにマルガリータがいないかきょろきょろしていると、また、上から声が降ってきた。
「大丈夫かい? シリウス」
「ジェームズっ。てめぇ、なんで平気なんだよ」
「君と違って落ちるときに、太い枝を掴むようにしたからね」
 とリーマスが座っていた木の上の枝に、メガネをかけたぼさぼさ頭の少年が座っていた。ネクタイカラーはグリフィンドールで、やっぱり、見たことのある少年だ。シリウス・ブラックと一緒にいるジェームズ・ポッターだった。
 マルガリータ! いま、ここに来れば彼らと話ができるよ〜〜〜っ
 は、人が落ちてきたことに疑問を持つよりも、熱心に追いかけているマルガリータに心の中で呼びかけていた。
「ミスター・ポッター!! ミスター・ブラック!! どこですかっ」
 遥か上の方から、マクゴナガル先生の怒鳴る声がした。上から降りてきた二人に、ただならぬ用事があるようだが、二人はどこ吹く風だ。
 リーマスは、関わらないほうがいいと思ったのか立ち上がってこの場から去ろうとする。そこへ、ひらり、と木の枝から飛び降りたジェームズが彼の腕を掴んだ。
「やあ」
 腕を捕まえておいて、「やあ」もないと思う。は呆れて、ジェームズを見た。リーマスもあっけにとられたままジェームズを見返している。
「僕、ジェームズ・ポッター。君は?」
「リーマス・J・ルーピン……」
「そっちの君は?」
 自分のことだ、と判ったは「」と名乗った。
「そっか。今から友達になろう。よろしく」
 ジェームズは掴んでいたリーマスの腕伝いに手をおろして、そのまま握手をする。続いて、にも右手を差し出してきて、なれないはぎこちなくジェームズの手を握った。
「まあ、ここにでも座って」
 ジェームズは有無を言わせない何かを持っていて、とリーマス、そしてシリウスまでもを木の根元に座らせた。四人で、二人づつ向かい合って仲良くおしゃべりしてます、といった様子だ。
「みつけましたよ。ミスター・ポッター。ミスター・ブラック」
 マクゴナガル先生が、声音に怒りの成分を半分ぐらい含ませながら、腰に手を当てて立っている。
「こんにちは、先生。どうかしましたか?」
「どうもこうも、あなた方二人、お昼休みはどちらにいました?」
「ここで、今日の課題について話していたんです。……レイブンクローと薬草学の合同授業があったので」
 ジェームズがしれっとした顔で、マクゴナガル先生に言っている。シリウスは呆れたままくちをぱくぱくさせている。「ね?」と言わんばかりにジェームズがリーマスを見つめた。
「あ……そうです……その……マンドラゴラの成長について……」
 さすがのリーマスもしどろもどろだ。その横でがうんうん、と必要以上に首を縦に振っていた。
「ほんとうですね?」
 四人の顔を覗き込むようにマクゴナガル先生は言ったが、普段から真面目と評判のリーマスとが「勉強していた」と言っているので、一応信じる気になったようだ。
「そう……勘違いだったようですね。……それでも、ミスター・ポッター、ミスター・ブラック! 普段の行いをきちんとしていれば良いことです。以後、気をつけなさい」
「はい、先生」
 マクゴナガル先生がきびすを返したのをいいことに、ジェームズは返事をした後舌を出している。守る気は全然無いようだ。
「助かったよ。悪戯したときに逃げるのに失敗してね」
 ジェームズは照れたように笑っている。その隣で、シリウスがにやっと笑った。
「おっと……予鈴がなったね。行こうか、ルーピン、シリウス」
 なんでもないことのように、ジェームズがリーマスとシリウスを誘って次の授業へ向かうために立ち上がった。
「それじゃ、。今度の合同授業のときに」
 じゃね、とばかりにジェームズが手を振る。お互いに向かう教室は反対方向なので、は立ち止まって彼らを見送った。ジェームズの隣に当たり前のようにシリウスが歩いていて、昨日までと違うのは、その後ろに控えめに恐る恐る彼らについていっているリーマスの姿だった。
 は何気なく空を見上げた。青い空に、真昼の満月が見下ろしていた。

「うらやましーっ!! どうして? は追いかけてもいないのに、シリウスと話すチャンスがあったの〜?」
「ブラックとは話してないよ。ポッターと話していたの」
 事実、シリウスは何も言わず勝手にジェームズが話を進めたのだ。あまりの手際のよさと、話の軽快さに引かれて、友人になってしまった。もっとも、ジェームズとリーマスと違ってこちらとの友情はあの時限りである可能性もある。何をするにも派手であるジェームズとシリウスは日本人気質であるには苦手の対象だった。あまり、お近づきになりたいとも思わない。その点、リーマスぐらいの控えめで物静かなタイプが馴染み易かった。それは向こうも思っていたのかあまり話さなかったのにもかかわらず、比較的近くで並んで座って話をすることができた。
 それでも、マルガリータは「うらやましい」とかなんとかぶつぶつと呟いている。どうしようもないな、とは心の中でつぶやいて、瞼がくっつきそうなほど眠たい魔法史の授業を聞いていた。


 夕食を食べるために、とマルガリータが大広間に向かっていたらちょうどジェームズとシリウスも大広間に向かう途中のようだ。ジェームズがに気がついて、手を振った。
「さっきはありがとう」
 ただ頷いていただけのに、屈託の無い笑顔を見せてジェームズが言った。その隣にシリウスが立っていて、にだけ聞こえるぐらいの小さな声でマルガリータが歓喜の悲鳴を上げた。
「どういたしまして。私は、何もしてないけど……むしろ、リーマスが……」
 がすばやく視線を大広間に走らせても、リーマスはいない。ジェームズと共に行動をしていないところを見ると、友情はあの時だけだったのだろうか。
「リーマス……いないの?」
「ああ、なんか。母親が病気だからって帰ったぞ」
 の質問にシリウスが答えた。マルガリータがのローブの袖をつかんで、ぎゅっとにぎった。
「そ……そうなんだ……あのね、こっちはマルガリータ・ペテルレンド……私の、友達」
 のローブの袖を力の限り両手で握り締めて、マルガリータは恥ずかしそうに「よろしく」とだけ呟いた。その様子に、気を悪くした風でもなくジェームズとシリウスは気軽に名乗った。
 は、マルガリータが握りこんでいるローブの袖が腕を絞り上げていて、痛いな、と思っている。
「あ、じゃあ……これで」
 は話すこともないので、二人に挨拶してさっさとレイブンクロー生が座っているテーブルへ歩いていった。マルガリータは話し足りないようであったが、それでもシリウスと話している度胸はまだないらしく、すぐにに追いついた。
「やった、シリウスに覚えてもらっちゃった」
「これからは、一人でも話しかけられるね」
 はにやりとわらって、頬を赤く染めているマルガリータのわき腹を肘でごついた。


 リーマス・J・ルーピンは、マダム・ポンフリーに連れられて暴れ柳へと歩いていた。テンションの高さと、派手な騒ぎ方についていけないと思っていた同じ寮で同じ学年の二人と、今日は一緒に行動していたので、少し疲れた。だけれど、思ったよりもとっつきやすくて、今日は実家に帰ることを言ったら、残念そうなことを言われた。
 いままで、そんなことを言ってくれるのは誰一人いなかったので、リーマスは心に灯火がともったように嬉しかった。
 こんな自分でも、居ていいのかもしれない、と少しだけ思えた満月の夜だった。



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