何回かの満月が過ぎ、ホグワーツについに雪が降った。クリスマス休暇前で、生徒達はどこか浮き足立っていた。は、クリスマスはホグワーツで過ごすことにしている。マルガリータは帰省。同じルームメイトの女の子達も以外は実家に帰るようだった。
「は帰らないの?」
ホグワーツの校舎と校舎をつなぐ中空の渡り廊下で、外を見ながらとマルガリータは並んで話していた。が偶然マルガリータと見つけた場所で、人通りも少なく、渡り廊下からみえる景色は絶景だったので、なにかというとここで話をしている。
「うちは、遠いから」
「あ、そっか。じゃ、クリスマスプレゼント期待してて」
「クリスマスプレゼント……?」
「やだなぁ、。クリスマスには家族や、友達とか大事な人にプレゼントをあげる習慣でしょ」
日本には……いや、少なくともの家にはそんな習慣はない。そうすると、映画で見たようなクリスマスの朝、クリスマスツリーの下にプレゼントの箱が山積み、というのも夢ではなくて現実なのだろう。
「そうだよね、こっちはそれが習慣なんだもんね……うん。私もちゃんとプレゼント考えるね」
はどこか気恥ずかしそうに答えた。クリスマスのプレゼントを選ぶということは生まれてこれまでしたことがなかった。
いくつかの月が巡って、いつのまにか同じ寮生とすごす時間が増えて行くと、次第にリーマスたちと話をする時間は確実に減っていった。とリーマスが話をする時間が減った分、リーマスはあのジェームズやシリウスたちと一緒にいるのをは、よく見かけた。
あまり話さなくなったのは、少しだけ寂しいと思うし、ジェームズやシリウス、ピーターという友人ができたのにもかかわらず、どこか切なそうに笑うリーマスがいて、少しだけ悲しかった。
マルガリータがシリウスの追っかけに行ってしまったので、は眺めのいい渡り廊下でぼうっと一人空を見ていた。
「あれ? じゃないか」
優しい声が、の背後からかかった。何の気なしに振り返るとリーマスが一人で歩いていた。何も荷物を持っていないので、と同様、休暇前の特別編成授業で暇をもてあましているのかもしれない。
「久しぶり、リーマス」
「はクリスマスはどうするの?」
リーマスはの隣に並んで、同じように空へと視線を向ける。
「家が遠いから、こっちに残るの。リーマスは?」
「僕も残るよ……かあさんの具合が悪かったら……帰るけど」
痛みを堪えるかのような表情をしたリーマスに、は目を見張った。よっぽど大変な病気なのだろう。
「あ……あのね。リーマス」
「ん?」
「私の住んでいる国には、”月に狂れる”っていう病があるんだ。……月の魔力に魅せられて、満月の夜になると憑き物がついたような状態になるんだけど……」
は、リーマスと同じように正面を向いてホグワーツの広大な風景を見ながら話していたので、リーマスの表情をみていなかった。
「リーマス、満月になるたびに帰ってるでしょ。だから、そういう似たような病気なのかなって勝手に思ったんだけど」
リーマスは、地獄の底を見てきたような昏い表情をしている。
「もし、似たような症状なら、日本のほうが進んでいるから……いい癒者をお父さんに教えてもらえるかもしれないよ」
「……あ……うん……今度……き、きいてみるよ」
リーマスは気持ちが表情に出ないように、心を抑えながら、動揺しているのを悟られないように答えた。リーマスにとって、の親切心は「お前のことはお見通しだ」と言われているかのような錯覚を覚える。満月のたびに帰るなんてことが、人に知られていたら自分の「本当」が他人に知られてしまうのもあと少しなのではないかと、不安になる。
「リーマス、私、……クリスマスプレゼントって選んだことがなくて、どうしたらいいのかわからないんだけど」
暗くなってしまった雰囲気を払拭するために、は明るい話題に変えようとした。これ以上、病気のことを追求されたくなかったリーマスは心の底から安堵して、の話題に乗る。
「日本には、そういう習慣がないんだっけ?」
「うん……特に、うちは日本の伝統行事と密接にかかわるから、それ以外のことはやらないし」
だから、大きなクリスマスツリーも、クリスマスプレゼントも家では無縁だった、とは苦笑した。
「大人たちは、プレゼントを買ったりするけど、僕たちぐらいだとメッセージカードを書いたりするよ。魔法のペンを使うと、文字が飛び出てきて躍ったりして面白いんだ」
「どんなメッセージを書いたりするの?」
「いろいろ……中々会えない友達とかには最近あったこととか……手紙みたいになっちゃうけど。あとね、ニューイヤーカードにもなるから、新年のお祝いを書いたり……」
リーマスが丁寧に説明してくれるのを、は楽しそうに聞いている。
「リーマスは、どんな動物が好き?」
「え?」
「ね、答えて」
「鳥……かな」
クリスマスプレゼントから、どうしていきなり「好きな動物」に変わったのか、の思考はリーマスには判らなかったけれど、期待感に溢れたの瞳の輝きを見て、少し考えてから答えた。
空を飛ぶ鳥になれたら、どこか理想の場所へ行けるんじゃないかと思って。
「そっか。うん。クリスマスプレゼント楽しみにしててね」
もう夕食だ、なんてが呟く。すると、どこからか現れたのか木の枝をセーターにひっつけてジェームズとシリウスとピーターがやってきた。
「リーマス! ……お、もいたんだ」
ジェームズがリーマスの陰になって見えなかったに軽く手を上げて挨拶をする。も同じようにやあ、とばかりに軽く手を振った。
「ちょっと危なかったけど、仕掛けはばっちりだ」
「僕のほうも終わったよ」
どうやら、二手に分かれて悪戯の仕掛けにいっていたようだ。は恐る恐る、今日のターゲットは誰かを聞いた。
「そんな怖がらなくてもじゃないよ。……だけじゃないって言ったほうがいいかな」
ジェームズのにやり、とした人を食った笑みには、顔を引きつらせた。
「みんなが対象だよ。楽しみだね」
そろいも揃って四人ともにやり、と笑うものだからは目を大きくして驚いている。
「さ、大広間へ行こう。夕食が食べれなくなる」
ジェームズが促すと、みんなぞろぞろと大広間へと向かって歩き出した。リーマスも、夕日で真っ赤に照らし出されたホグワーツの城をみながら、嬉しそうに笑う。だけれど、それが一瞬寂しそうに翳った。
僕は、本当は……こんなにも幸福ではいけないのに……。
たった一瞬、ほんの瞬きの間の表情だったけれど、たまたま振り返ったが夕日に照らし出されたリーマスの絶望を知っている寂しい笑顔に、声もなく驚いて囚われた。
「どうしたの、?」
普段どおりの優しい笑顔でリーマスが呆けているに声をかけた。なんでもない、とは答えたが、たった一瞬、見間違え立ったかと思われるリーマスのあの表情をは忘れることができなかった。