米沢城に入城してすぐに、私は小十郎のところに連れて行かれた。今日の訓練はすでに終えているようだが、実力を正確にはかる、とかですぐに道場へ連れて行かれて武器を構えた。私は相変わらず二丁銃を構えていて、小十郎は竹刀を構えている。確か、政宗と手合わせをしたときには、実力は小十郎ほどではないが、「相当な使い手」らしい。
明らかに、私、負けるじゃないか……。
「かかってくるがいい、殿」
「ご指導、よろしくお願いいたします」
私はとりあえず頭を下げて、一気に間合いを詰めた。私は、銃弾の入っていない空砲を手にしているので、今回は純粋に拳銃を持ったまま格闘技をしている。小十郎は政宗と違って、相手の剣を受けることに重点を置いているようだ。相手の攻撃を受けて、そこにできた隙を突いてくる。政宗の場合は、正面から力技でなぎ倒すということが多い。もちろん、半端なく強い政宗だからできるわざだろう。
私の攻撃を受けると、すぐに小十郎は打ち返してくる。しかも、それが私のよけにくいところを狙ってくる。一切無駄の無い動きに、百戦錬磨の武人とはこういう人のことをいうのだと、思う。何檄か打ち合っていくうちに、息が上がってきた。城に着くなり、休憩も無くこんなことをやっているのだから、いつもよりはやく体力に限界が来たみたいだ。
あ、と思った瞬間には小十郎に身体を蹴られていた。政宗よりかは加減された、足の圧力に私はまた、床に転がった。起き上がれないところに、小十郎から竹刀を首筋に突きつけられた。
「お前、本当に武家の娘か?」
「なに……を?」
「武家の娘が異国語を流暢に話せるはずは無い。そんなことをする時間があるなら、別のことを覚えさせる。本当は、誰だ?」
私は、一向に竹刀を首筋から離してくれない小十郎を、目だけで見上げた。
「私は、来つ寝だ。人ではない」
小十郎が竹刀で私の右肩を強打した。右手に握っていた拳銃を思わず手放す。人ではないといったとたんに、容赦ない人だな。
「人ではないものが、なぜ人に交わろうとする?」
「手負いのところを愛姫さまに助けていただいた」
今度は、左肩を小十郎の竹刀が強打する。同じように、私は小さい声でうめいて握っていた拳銃を手放した。
「来つ寝が人に恩を感じて、忠義を尽くしているといいたいのか?」
小十郎が竹刀の先で私のあごを持ち上げる。私はなすがまま、背中をそらして小十郎を見上げた。
「来つ寝でも、恩を感じれば人を愛し、夫婦になり子をなす。……かの安倍晴明は来つ寝の子であったではないか」
私がそう答えると、小十郎は面白そうに口の端だけを上げてにやっと笑った。
「お前の忠誠心はどこにある?」
「愛姫様、ただお一人」
「よく言った! ……その言葉を信じよう」
てっきり政宗には忠誠を誓わないのかと叱られるかと思ったが、返って信頼されたみたいだ。
「手荒なまねをしてすまない」
私がいまだに床にはいつくばったまま、首だけを上げて小十郎を見上げていたからか、小十郎は木刀を床において片膝をつくと私に手を差し伸べた。だけれど、私はそれには掴まらなかった。小十郎に触れるのが嫌なのではなくて、私が伊達家に来たのは戦力のため。抱き起こされたら、女として扱われにきたようではないか。
「お気遣い嬉しく思いますが、私も武門の生まれでございます。どうか、女子であることはお忘れくださいませ」
小十郎の顔が、驚きから口の端を軽く上げた微笑に変わっていくのを見ながら、私は体を起こした。
「家に案内しよう。明日、政宗様がお前を正式な伊達軍として褒賞を決める。そこでお前の住む屋敷が決まるのだが、今日はさし当たって、俺の家にでもこい」
「え? よろしいのですか?」
男の一人暮らしの家にこんな時間に行くのは気が引ける上に、たとえ何もなかったとしても、愛姫に顔をあわせづらい。
「姉と二人暮しだ。姉も武道のたしなみがあるから、気が合うと思うぞ」
「それなら、お言葉に甘えて」
私は小十郎に一礼して、武器を拾い上げた。僅かな荷物を持って小十郎の後についていった。この頃の城というのは、江戸時代に見られた立派なものではなく、石垣の上に作られた屋敷といってもいい。下級武士が住む屋敷と、立派なお城を足して二で割ったような、そんな質素な建物だった。戦乱の世であるために、華美な装飾よりも、守りとしての塀、壊されてもすぐに立て直せる簡単なつくりであることが望まれたのだろう。だから、お城には天守閣がない。その実用的な城の近くに小十郎は居を構えていた。現代の感覚からしてみれば、立派なお屋敷といってもいいぐらいに大きい。さすが、政宗の側近中の側近といったところだろうか。ここに、小十郎と姉である喜多、数人の家臣たちと住んでいるのだそうだ。
小十郎に紹介された喜多は、とても武道をたしなんでいるようには見えない、たおやかな容貌の女性で、切れ長の目が涼しげな美人であった。小十郎の顔立ちとどことなく似ているのが、やはり姉弟の証といったところか。
「殿、よろしくお願いしますね」
「こ、こちらこそ。ふつつか者ですが……」
三つ指ついての丁寧な喜多の挨拶に、あわてて私も挨拶を返した。私の挨拶に、小十郎があきれたようにため息をついた。
「嫁に来たのかお前は」
「あ、えっと……そのぅ……よろしくお願いします」
「いいじゃないの、小十郎。貴方の嫁でもぴったりだわ」
大らかに笑う喜多に、小十郎は慌てて否定をした。そこまで慌てて否定することもないと思うのだけれど、乙女心も複雑だ。
私は、喜多の隣の部屋で休ませてもらえることになった。こちらの世界じゃ当たり前だけれど、一面畳が敷き詰められていて、障子がカーテン代わりになっている小さな部屋をみて、なぜか懐かしく感じた。私の世界での自分の部屋はフローリングだったので、もしかしたら田村の城で過ごしていた部屋を思い出したのかもしれない。
翌朝、私は小十郎や喜多とともに城へ参内した。喜多は途中で別れたが、小十郎は私の先を歩き、昨日使った道場へと導かれた。道場にはずらりと、伊達軍がつめていて私が入るなり痛いほどの視線を浴びた。
「聞け、田村様よりご献上いただいた五百の兵にも勝る武者だ。この者と腕試しをしたいものは前に出よ」
小十郎は道場の真ん中でそう宣言すると、私に近寄り耳打ちをした。
「お前の活躍が、俸禄の値になる。精々、よく働け」
実力主義ということか。私にはよく分からないが、床にそのまま腰掛けているもの、折りたたみ式のいすに腰掛けているものが数名。おそらく、椅子のようなものに腰掛けているのは身分が高い者たちなのだろう。……武将とかかもしれない。
小十郎の「五百の兵に勝る」という言い方が、兵士たちにはカチンときたらしく我こそはと、名を上げるものたちばかりだ。
小十郎がそのなかから、一人指名した。私は、道場の中央に立ち、その男も向かい合うようにして立った。その男は、毎日鍛えているのか上腕が発達していて、筋肉のつきもいい。槍が得意なのか、槍を構え私をバカにしたような表情で見ていた。私は、昨日と同じように空砲になっている銃を二丁構えた。
俸禄がたくさんほしいわけではないが、私が弱すぎたら愛姫に迷惑がかかるだろう。それなりにがんばらないといけない。
先手必勝、とばかりに私は一気に間合いを詰めて男に殴りかかった。男は、まるでサンドバッグにでもなったかのように微動だにせずに、私の強打をあごに受けて後方に吹き飛んだ。
からん、と槍が床に転がり落ちる音と、男が床に倒れる音が続いた。私は、そんなに全力で突っ込みに言ったわけではない。昨日の小十郎と対戦したときのほうがよっぽど、全力に近かった。なのに、攻撃を受けもしないだなんて、私のことをバカにしすぎているのか?
だが、いくら待っても、男は立ち上がらない。
周囲に取り巻く男たちが、黙って息を呑む音が聞こえた。
「は、はえぇ……」
誰かがそんなことをつぶやいたのをきっかけに、歓声が上がった。
私は一気に兵士たちの関心を集めてしまったようで、次々と手合わせがしたいといってきた。私はそれなりの実力をもっているようだったので、もしかしたら複数人数をいっぺんに倒してしまうガン=カタの真髄を実現できてしまうかもしれない。
「まとめて、かかってきな」
私はあえて挑発した。兵士たちがいきり立って私に竹刀を持って切りかかってくる。私は、正面から切りかかってくるのを、わざとよけて私を背後から袈裟懸けにしようとした男に竹刀が落ちるようにしむける。背後から切りかかってきた男が、昏倒したのを確認してから私を正面から切りかかってきた男の腕を蹴り上げる。次に、切りかかってきた男を回し蹴りをして沈めて、返す勢いで拳銃の筒の部分を握り、もう一人の男を殴り倒す。ほかにも切りかかってくる男たちを、よけては相打ちにさせたり、銃身で殴り飛ばして倒していく。学習したのか、一人が正面から切りかかり、それを私が銃身で受けた時を狙って両脇から二人きりかかってくる。私は、受けている剣を強く押し返しそれを反動にして、その場で両足で地面を蹴り上げ後方へ回転するように宙に浮いた。その間に、両手を伸ばし両脇の男たちを殴り飛ばした。正面にいた男が、着地した私を上段の構えから竹刀を振り下ろしてきたので、すぐさま身を低くしてけり倒した。
気がつけば、私一人で道場の中央に立っていて周囲には兵士たちがうめき声をあげて倒れている。それを呆然と見ているのは椅子に座って見物していた数名の武将と、小十郎だ。もっとも、小十郎は私と昨日手合わせしているので、ある程度の実力があることを知っているのでそれほど驚いた様子はない。
「Ha! coolじゃねぇか」
ぴた、と私の首筋に当てられた木刀に肝が冷えた。いつの間にか、私の背後に政宗が立っていて木刀を突きつけている。まったく気配すら感じなかった。これが、今の私と政宗の実力の差なのだろう。
「殿、どこでこんなすごいの見つけてきたんだよ」
椅子に座っている武将たちの中で、一番若い男が私に木刀をつきつけている政宗に問いかけた。
「愛の侍女だ。護衛をしてるって言うから戦場に連れて行くにはちょうど良いと思ってな」
「確かに、これなら五百の兵にも勝る働きぶり。俺は良いと思うぜ。殿はどうよ?」
「猛将でならす成実がいい、ってんだから高くかわねぇとな」
ようやく政宗は私から木刀を下ろした。どうやら、一番若い武将は伊達成実のようだ。顔立ちは政宗に似ていて端整だ。それで、猛将というのだから想像がつかない。
「よし、。お前を知行百五十貫で召抱えよう。you see?」
「ははっ。承知いたしました」
どうやら、私は百五十貫の価値があると思われたようだ。とはいえ、この頃の金銭感覚はよく分からない。それでも、倒れていた兵士たちの驚き振りといったら、相当いい待遇のようだ。
「新しい屋敷をやらないとな。小十郎、仮住まいでも何でも良いからすぐに屋敷の手配をしろ。それと、生活道具一式もだ」
えーと……城下に屋敷がもらえる、ということは少なくとも単なる足軽という扱いではないようだ。小十郎も屋敷もちだったので、もしかしたら百五十貫というのは今ならさしずめエリート金持ち?
私ったら、この世界では大出世。
呆然と立ち尽くしている私をみて、政宗は右手を私のほほに這わせる。
「『幾世へて後か忘れん 散りぬべき野辺の秋萩みがく月夜を』と言ったところか。まるで、月のように冴え冴えとしたcool beauty ladyだな。気に入ったぜ」
徐々に政宗の手が下りていって、指先でつつと顎先までなで上げて私の顔を上に向かせた。
「後で、俺のところに来い」
まるで捕らえた獲物を見て、舌なめずりするかのように政宗は自分の唇を舌で舐めあげた。それがあまりにもセクシーで知らないうちに頬が赤く染まる。政宗の手が私の顎からはずされ、政宗は向き直り私に倒された兵士たちを叱咤激励し始めた。
少しだけ高くなった鼓動を、政宗に気がつかれなくてよかったと、私は思った。