弦月の向こうに

女武者と鬼姫

 本気でかかってこい、と政宗が余裕そうに口の端をあげて笑うものだから、私は二丁銃を構えた。政宗ときたら、木刀だというのに六爪流をやるのか六本腰に木刀をさげている。そのうちの一本を抜いて、軽く木刀を構えている。
 私だって、この数日間みっちりと鍛えられたからある程度は、いいところまでできるはずだ。どうせなら、政宗をぎゃふんと言わせてやりたい。大体、私を挑発しているときに舌なめずりをして焦がれたような熱い視線を、私の上から下まで舐めるように注ぐのはやめていただきたい。
 まるで、喰われそうじゃないか。
 私は、一足飛びに政宗との間合いを詰める。袈裟懸けに切りかかってくるのを、右手の拳銃の銃身で受けてその反動で木刀を返し、開いている左手で政宗に殴りかかる。そんなことはお見通しなのか、政宗はあっさりとよけて、かわりに開いている私のわき腹を蹴り上げてきた。私は、それを右手の拳銃で足の甲を叩いて払い落とす。片足で立っている政宗の、隙だらけのわき腹に左手の拳銃で殴りつけようとしたら、すばやく身を返されてしまう。私は、そのまま後ろへ宙返りをすると、さっきまでいたところに政宗が木刀を下から切り上げていた。
 私は、そこへめがけて指先に小さな風の塊を即座に作り軽く両手を動かして叫んだ。
「Burst Shoot」
 渦を描いたかぜの小さな塊たちが、政宗めがけて飛翔していく。政宗がそれに当たるのをまつのではなくて、その風の塊を追いかけるように私も間合いを詰める。政宗は私の一撃のほうが重い、と判断したらしく避けきれない風の塊をそのまま身に受ける。風の塊が、政宗の服に切込みを入れて消える。
「なかなか腕を上げたじゃねえか。Bravo! my lady」
「how's that?」
 私の攻撃を木刀で受け止めて、お互いじりじりと押し合いをしている。そのときに、政宗は楽しくてたまらない、といった表情で私に囁く。
「you are my lady. i love it!」
「super」
 政宗は、ますます楽しそうに瞳を輝かせて私に切りかかってくる。前から思っていたけど、政宗ってちょっとサドなところがある気がする。しかも、強い相手を屈服させることに意欲を燃やしているというか……。
 政宗はついに本気になったのか、木刀を六本引き抜いて私にはまったく見えない速度で切り上げた。両手に装備していた銃を飛ばされ、しかも木刀を拳銃で受けたのでその反動でもろに後ろに体が倒れ掛かる。そこに追い討ちをかけるように、政宗が私の腹を蹴り飛ばした。初めて手合わせしたときよりも、加減はされているがそれでも息が詰まって、私はかろうじて受身をとって床に倒れた。咳き込みながら上を見上げると、舌なめずりをした政宗が私に木刀をつきつけている。
 まるで、獲物を目前にした肉食動物のように瞳が、らんらんと輝いている。
「俺の勝ちだな、
 得意げに私に宣言するまでもなく、政宗の勝利である。
 いいところまで、押せたと思うのだけれど。
 むせ返ってまともに返事のできない私を、政宗はまるで米俵でも担ぐかのように、体を抱えて肩に担ぎ上げた。私の頭が下に向いて、余計に気持ちが悪い。
「母上、に負担をかけてしまいましたので、部屋に連れ帰ります」
 やさしいのは、分かるけれど、この体制……吐きそう……。
「政宗、なにもそなたが行く必要はないであろう」
「成実、しばらくまかしたぞ」
 義姫が止めるのも聞かず、政宗は私を俵担ぎしたまま悠々と鍛錬場から出て行った。政宗が一歩一歩あるくたびに、私も揺さぶられますます気持ち悪くなってきた。
「殿……」
「なんだ?」
「吐きそう……」
 苦しい声でつぶやいたら、政宗はあわてて私を下ろして廊下に座らせる。
「大丈夫か?」
 雪解けが始まり、暖かくなってきたとはいえまだ、夜は少し寒い。早咲きの桜が山で咲き始めたころだ。その冷たい床にすわると、興奮していた気分がだいぶ落ち着いてきた。私が、一人で部屋に戻れることを告げると、政宗は口を尖らせてそっぽを向いた。
「せっかくあそこから、抜け出したんだ。もうしばらく一緒にいろ」
 もしかして、政宗は母親から逃れたいのだろうか。私の知っている彼の人生は、母親から疎まれて育ったということだが、私の観察が甘いのか今は、そんなに義姫は政宗のことを嫌っているわけではなさそうだ。弟の竺丸を特別に引き立てるような発言はなかったし。
「お前も、俺も、母上からの下手な追及をさけたいだろ」
 鋭い。よく見ている。
 私は、あまり自分のことを聞かれるのは、好ましいことではない。
「母上は、最上出身であるから、田村領出身で、愛の侍女となればいろいろ言われよう。母上は気が強く、なんでもはっきりとおっしゃるからな」
 政宗は苦笑して立ち上がった。私も落ち着いてきたので、釣られて立ち上がる。
「俺も苦手だ……母上は俺を疎んじておられる。最初はこの目がいけないのだと思っていたが……竺丸は俺にはない、慈悲の心があるから領主に向いていると、母上は考えておられるようだ」
 無言のまま、お互いに数歩廊下を歩いて私は言った。
「殿もお優しい方です」
 風が吹いて、粉雪のように白い花びらが舞い上がり政宗の髪の毛にとどまる。政宗は、驚いたように振り返って私を見つめた。
「こうして、私を心配してくださったでしょう」
「俺は、母上から逃れるための口実からお前を連れ出した」
「それでも、お優しゅうございます」
 彼は、年齢に相応しい少年のような照れた笑顔を浮かべて、thank you.とつぶやいた。今度は、二人並んでゆっくりと私の執務用に与えられている部屋に向かった。
「近々、芦名を攻める」
 政宗はぽつりと告げた。
 塩松の領主である大内定綱は、伊達家に臣従を誓っていて城下に屋敷を持たせた。深い雪なので、いったん国に帰り妻子を伴って米沢に来ると言っていたのだが、大内定綱は雪が解けてもやってこない。
 伊達家に臣従を誓ったと見せて、伊達政宗を見限り芦名氏に着いたのだという。政宗は定綱に恥をかかされたのだ。このままでは、ほかの大名たちに知られそしりをうけるだろう。だから、なんとしても定綱を討たなければならない。その大内氏を操っているのが芦名氏ということで、根源である芦名を討つと政宗は決めたのであった。
「芦名は強大な敵と伺います……どのような策で戦われるのですか?」
 芦名を討つとなれば、大軍を動かす必要があり、また、芦名のいる会津と伊達の国境沿いには大軍を動かすだけの地形がない。
 政宗は、意味ありげににやり、と笑っただけで話をそらした。
は初陣だな。戦となれば入用なものが増えてくるから、今のうちから準備しておけ」
 鎧も弾丸も必要だ。しかも待遇は武将であるので旗印も必要である。私の家の家紋なんてわからない。なんか丸い縁取りでなにかの植物の絵だったような気はするけれど、もしかしたら縁取りもひし形だったかもしれないし、花の絵柄だったかもしれない。いっそのこと、自分の好きな柄でも旗印にしてしまおうか……。
 私の部屋の前まで来ると、政宗は突然私を引き寄せて抱きしめた。拘束するわけでもなく、ただ優しく抱きしめられていて、軽く抵抗すれば離してくれそうだが突然のことに、私は声すらでなかった。
 なんで、この状況で抱きしめられているんだろう。
 妙に冷静な自分が、心の中でつぶやいている。
「温かいなは。……どういうわけか落ち着く」
 まるで、猫でも抱きしめているかのようにわさわさと私の髪の毛を撫でて、政宗は私を解放した。私は、自分が耳まで赤く染まっていくのを感じた。
「my lady どうした、顔が赤いぜ?」
 にやにやと人の悪い笑顔を浮かべて、政宗は私の顔を覗き込んだ。私はしばらく口をぱくぱくさせていたが、ようやく息が整い言葉を口に載せた。
「こういうことは、愛姫さまにしてさしあげてください」
 政宗は、左目を大きくして驚き、やがて眉根を寄せて切なそうに言った。
「……そう、だったな」
 いつもの覇気のある勇ましい青年の姿はなりを潜め、苦しそうな繊細な表情を浮かべている。私の一言が、そんな表情を引き出してしまうなんて思わなくて、私はうろたえた。
「殿……?」
「お前って、時々残酷だな」
 政宗の声は本当に小さくて、風に乗ってその言葉が私の耳に届いたときには、すでに政宗はふい、と顔をそらしてきびすを返していた。どんな表情でもって、そんな言葉を言ったのか私はわからなくて、急に息苦しくなった。
 政宗が、愛姫に思いが伝わらなくて苦しんでいるのを知っていながら、私が愛姫と仲良くするように指摘したのがいけなかったのだろうか。だけれど、あそこで政宗を受け入れるわけには行かない。恋情ではなくたって、優しくされたら政宗は私を寵愛するようになるだろう。愛姫の代わりとして、本物が手に入るまで。それに、あんなことをされて私だって、恥ずかしかったのだ。若干、照れ隠しだって入っている。
 今は、もう小さくなった政宗の背中を見て再び、政宗に告げられた言葉が脳裏によぎる。

 お前って、時々残酷だな


 芦名攻めの準備は着々と進んだ。会津北方(喜多方)の関柴にいる松本弾正を内応者とし、伊達軍を二手に分け、関柴方面から攻めるものと、本陣の檜原峠を越えて檜原口から攻めるものとした。私は、檜原峠を越えていく本陣に配属された。
 これで、芦名を挟み撃ちだと伊達の武将たちは意気揚々と勇んでいたが、果たして本当にうまくいくものだろうか。無駄に兵力の分散は、それぞれの兵力が減り逆に各個撃破の憂き目を見るなんてことは十分にありえる。なにしろ、地の利は芦名にある。
 そんなこと、私が進言するまでもなく誰かしらが政宗に進言しているだろうから、それでも軍儀でこのような作戦に決まったのであれば、私の口の挟む余裕はない。
 私は、戦に向けて鎧と戦装束をつくらせた。鎧といっても、時代劇に出てくるような重そうなアレではなくて、篭手と佩楯、臑当などの小具足のほかに、胴部分には最低限の装備にして軽くした。指物を背中に指さなければならないので、そのための受け筒をつけた。色は、黒で統一したのだが、後で聞いたら政宗も黒で鎧を統一して、派手な陣羽織を着ているのだという……私も派手な陣羽織を頼んでしまっていた……。
 こんなところで、趣味が合わなくてもいいと思うのに。
 陣羽織は、黒羅紗で作られていて肩の部分と襟の部分に花の模様が刺繍されている。金糸もふんだんに使っていて、遠くからでもばっちり分かるほど派手な模様だ。ちなみに薄いピンク色。背中には、旗印と同じ家紋を金糸で刺繍してある。
 家紋は結局、三日月の模様にした。そんな国の旗があったような気もしたけれど、私に描けるまともな柄はこれぐらいだ。そうしたら、喜多に「殿様の前立てと同じですね」とにこやかに微笑まれた。
 そういえば、政宗の兜についている前立ては弦月だった……。
 まるで、私の衣装は「筆頭、一生ついていきます」みたいな格好である。もうちょっとよく考えるべきであったか……。
 拳銃も改造してもらった。連射できるように私が設計図を書いて、鍛冶屋に特注した。合戦前に用意できたのは四丁だけだった。二丁は予備として陣羽織の中にそれぞれ一丁づつ袖口に隠し持つ予定だ。あとは、銃弾を詰め込みやすいようにカートリッジ式に変えて、そのカートリッジも替えやすいように陣羽織の袖に隠し持つ。予備の武器として、細身の太刀を用意した。
 準備だけは、着々と進んだけれど私は、本当に人を切ることができるんだろうか。



ひとこと

一言感想などにご利用ください。レス希望の方はチェックを忘れずに。匿名可能です。

一言:名前: レス希望: