弦月の向こうに

陽の流れで竜を見た

 何人、殺しただろう。私は、あと一回装填しなおしたら、弾丸の蓄えが無くなる。それでも、敵陣を駆け抜けられないなんて、どれだけ人がいるんだろう。私の隣には、小十郎がいて、その前には政宗が刀を振るっている。本当に政宗が先陣を切っているので、私のいるところは最前線と言う奴だ。この二人は本当に強すぎると思う。まるで、芸術といいたくなるような無駄のない剣さばきで、豆腐でも切ってるかのように軽く刀を振るっている。
 油断して、私の乗っていた馬に槍が突き刺さり、馬が嘶く。とっさのことに、振り落とされそうになった私めがけて、あまたの槍がのびあがる。
「癖になるなよ!」
 瞬間、にやりと笑ってそうな政宗の声がして、目の前が黄金に輝いた。虹色に輝く光が何本も目の前を通過して、気がついたら私は政宗の腕に支えられていた。
「大丈夫か?」
 いつもの高飛車な笑顔じゃなくて、優しく覗き込まれて私は、無言で何度も頷いた。一体何が起きたのかさっぱり分からなかったけれど、政宗が助けてくれたようだ。
「お助けいただき、恐悦至極に存じます」
「thank you」
「は?」
「thank you といっとけ。俺は、その言葉が好きだ」
「thank you」
 主に、『ありがとう』もないと思うけれど、その主の命令じゃ仕方がない。私は、気を引き締めて引き金を引いた。
「先ほどの技は、どういったものでございますか?」
 たしか、「癖になるなよ」と声が聞こえたと思うのだけれど。
「火事場の馬鹿力みたいなもんだ。たぶん、お前もできるぜ」
 にやり、と笑った政宗の姿がまるで、悪戯に成功した少年のような笑顔で私は思わず見惚れた。例の不思議な力を使うとできるみたいだが、どうやるのか見当もつかない。政宗は、「癖になるなよ」がコマンドワードみたいで、その発言と共に底力を発揮しているようだ。
 ある意味、リミッター解除ってことだろう。前から、多少は思っていたことだけれど、政宗はサドの要素があるみたいだ。
 先陣を駆け抜ける政宗は、時には青白い雷を体にまとい、数多いる敵兵を文字通りなぎ倒し一本の道を切り開いていく。その姿がまるで空を泳ぐ龍のようにみえて、英雄と言う人は本当にいるんだ、と思った。

 猪苗代湖を迂回して、ようやく米沢城にたどり着いた。先触れを出しているので出迎えの準備は整っているようだ。だけれど、どこか暗い表情で出迎えられたので、負け戦であるのは城中に知られているようであった。
 血の匂いをいつまでも纏わせているわけには行かないので、私は許可をもらって自分の屋敷に帰った。自分の屋敷であるという風に思えるほど、私はこの時代になじんできていた。
 屋敷に戻ると、タキさんをはじめ全員が私の無事を出迎えてくれた。その素朴な笑顔が、荒んでいた戦場での経験を癒してくれる。なぜか、帰ってきたんだと私をほっとさせる。
 すぐに湯浴みをして米沢城へと登城した。
 しんがりを任せられた、原田軍がようやく米沢付近まで戻ってこれたようで伊達軍一同は安堵していた。帰参したばかりの原田左馬助を家臣団の集まる中に政宗は呼び出した。
「大勢の敵兵の中からよく戻ってきた。ご苦労だったな」
「恐悦至極に存じます」
 政宗の褒め言葉に、原田左馬助が肩を震わせて頭を下げた。
 なるほど、大失敗をした原田左馬助に失敗を償わせるような武勲を立てさせ、なにかと口うるさい老臣たちの口を封じたのだ。ただ、気分に任せてしんがりなんてところをやらせたのかと思っていたけれど、やっぱりこの人は国の主なのだ。
 私も、武勲を立てたおかげでこうして家臣の列に加わり、軍議に参加できるようになった。それは、私を認めてくれたということだから嬉しいことだけれど、中には聞きたくないことも聞かされる。
「ところで、殿、そろそろ正式に愛姫を迎えてはいかがですかな」
 代々伊達家に仕える直参の老臣が、話を進めると他の家臣たちも頷いている。早いところ正室を迎えて世継ぎを、というのは年齢を問わず伊達家に仕える人たちの共通の願いのようだ。
 だけれど、私にとってこの話題はつらい。
「……そうだな。そろそろいい時期だろう」
 政宗が感慨深そうに返答した表情を、私は俯いていたので見ることはできなかった。きっと、半分はにかんだ表情で微笑みながら頷いたのだろう。


 あっという間に政宗の嫁取りの日程が決まった。政宗の無益な出兵に対する批判が当初、家臣たちの中であったけれど、おめでたい話に取って代わられた。婚儀の準備で、私も忙しい日々を送っていた。どこか、鬱々とした気分に囚われながら。
 そんな中、久しぶりに愛姫に会った。愛姫は相変わらず人形のように愛らしく、可愛らしい容姿だ。可愛らしい中にもきりっとした瞳の輝きが、普通のお姫様とは違う。
 私がかしこまって、「おめでとうございます」というと形どおりのお礼の言葉が述べられて、だけれども、愛姫はわずかにため息をついた。
「どうかされましたか?」
「もう、けじめがついたのだと、諦めたのだとそう、言い聞かせて大丈夫だと、思っていました」
 愁いを帯びた瞳で、私を見た後に愛姫は視線を落とした。
 それで、愛姫の言いたいことを私は察してしまった。愛姫は、まだ小十郎を諦めきれないのだ。政略結婚の相手として、政宗に嫁ぐことはとっくに覚悟していたし、納得もしていたのだけれど心が追いつかないのだろう。
「人の心とは、残酷ですね。殿のお人柄が、大変にすばらしく良き伴侶になるのは、想像に難くないのに……私には、この上も無く……つまらないお人に見えてしまう」
 恋い慕う相手がひときわ輝いた存在に見えてしまうのは、仕方の無いことだろう。私が、政宗のことを好きなように。
 私は、愛姫になんて言葉をかけていいのかわからなかった。愛姫は、私がどんなに願ってもその人の傍にいることさえできない人に愛されていると言うのに。羨ましい、なんて簡単な一言では片付かない。嫉妬と言うには、私は愛姫のことを憎みきれない。
 気まずい沈黙を破ったのは、政宗の小姓が「政宗が私を呼んでいる」と障子越しに呼びかける声だった。


 政宗は、いつものように私を近くに呼び寄せた。このシチュエーションは何度も経験している。
「愛に贈り物をしてやりたいんだが」
「またですか……」
 主君に対して、「また」と呆れるのは失礼だけれど、毎回毎回よく飽きないと思う。最近は政務の合間を縫って、愛姫と二人で庭を歩かれたり、部屋で談笑したりと仲睦まじげにしているというのに、何かまた、つまらないことでケンカでもしたのだろうか。
「愛を悲しませているのは俺のせいだ。せめて、それをやわらげたいと思うだろう?」
 伊達家としては、平安時代の坂上田村麻呂の家柄である愛姫の血筋はなんとしてでも、ほしいものだろうし、愛姫はあの通り、見目麗しく、性格も穏やかでありつつしっかりとしていて、非常に魅力的だ。政宗はその年齢の割には、自分の色恋に関しては鈍感だけれど、愛姫を寵愛している。
 まさに、お似合い。
 愛姫だって……いつか、政宗に惹かれるときだって来るだろう。
「愛姫さまは、殿が心をこめた贈り物はどんなものでも喜んでおいでですよ」
 嘘ではない。政宗はセンスがあるので、彼女に送る着物や帯、簪などはどれも愛姫の好みにぴったりで、そして、愛姫によく似合った。そして、それをどこか申し訳なさそうに愛姫は微笑して贈り物の数々に手を触れる。
「それは、そうなんだが……俺が選んでるんだから。……その、そうじゃなくて」
 政宗は困ったように右頬を掻いて呟いた。
「婚礼の祝いだ。俺の正室になるのだから」
 つまり、結婚記念になにかプレゼントをしようということらしい。本当に、まめなんだから。
「お前なら、他の誰も持ち得ないいい物を選んでくれそうだからな」
 そういうことか。
 ……私なら……
「指輪などいかがでしょう」
「指輪?」
「ええ、金や銀で指輪を作りお互いの名前を彫って肌身離さず身に着けてもらうというのは、いかたですか?」
 そんな指輪を政宗から私がもし、もらったら、他の何にも変えられないほど嬉しく思うはず。
「そいつは、coolだな。すぐに作らせよう」
「愛姫様の左手薬指の大きさが宜しいかと思います」
「why?」
「心の臓につながっている指だからです。すべて貴方のものであるという証です。殿も対で作られては……いかがですか?」
「どうした?」
 私の声が震えているのが分かったのだろう。政宗は、不思議そうに尋ねた。私は、少しだけ滲む視界を悟られたくなくて、視線を下に落とした。
 どうか、神様、私が泣いていることを知られませんように。
「なんでもございません」
 そうです、なんでもないんです。私の想いがちょっとだけ、溢れて流れ出てしまっただけですから。
「なんでもないわけないだろう?」
 政宗は、私の顎に手を当てて強引に顔をあげさせた。私の瞳から、涙が一筋頬を伝って流れ落ちた。それを見て、政宗は息を呑み瞠目した。
「なぜ、泣いている……?」

 ああ、残酷です。神様。



ひとこと

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