ジェームズとシリウスは再び図書室に向かい、吸血鬼に関する文献を読み漁った。リーマスは、すんなり、が吸血鬼であることを受け入れ、たいした疑問も持たずに普通にしている。今日も、たまたま選択した授業が二人だけ同じで、リーマスは楽しそうにと教室へと向かっている。占いの授業は、ひどく退屈だったけれどと一緒にいられる時間は、楽しいとリーマスは感じていた。
教室へ向かう途中、気まぐれな階段がこれまた気まぐれに動いていて階段を渡らせようとしない。他の生徒達は遠回りをして行くようだが、次の授業はこの階段の先にあって、遠回りなんてしている時間は無い。リーマスは迷わず、向こう側へ飛んで階段を渡ろうと考えたが、同行者であるに同じことができるかわからず、へ視線を向けた。
「怖い?」
「冗談!」
飛び越すのが怖いか、とリーマスは聞いたが、は一点の曇りの無い笑顔で言い放って、助走もつけずに飛び上がった。一瞬だけ、ローブがはためいて、それがまるでコウモリの翼のようで、リーマスはあの満月の夜を思い出した。続いて、リーマスも飛んで向こう側へと着地した。高いところを飛び越すことで興奮したのか、怖かったのか笑いがこみ上げてきて二人で顔を見合わせて笑った。
なんとか笑いを治めながら、二人は教室に向かって歩いていった。
次の飛行術のクディッチの練習試合で、縦横無尽に活躍するの姿を見てリーマスの心は高鳴る。チェイサーとしてうまくがゴールを決めて、観衆の声援にこたえて手を振っているだけで、リーマスは清涼飲料水を飲んだかのような爽やかな風が心を吹き抜けた。それは、うっとおしいものではなくて、嬉しくて、歓迎すべきものだった。彼女の笑顔が、そうさせるのだと気がついたのは、第四学年の終わる頃だった。
が吸血鬼だと気がついてから、もう、半年がたとうとしていた。満月の夜には、吸血鬼の本性を現したと一緒にホグワーツを駆け巡るのは習慣みたいなものだった。自分達の正体を知られないように、細心の注意を四人は払っていたが、相手のことも知りたかった。
特に、最近、リリーがジェームズにだいぶ心を開くようになって来ていたので、ジェームズはリリーに隠し事をしているのが心苦しいようだった。だからといって、もちろん、ジェームズは親友の秘密を簡単に口にすることはない。
このことが、決定的に問題になったのは、リリーがジェームズにのことを相談したからである。がだいぶ前から、部屋を夜中に抜け出て、朝帰ってくること。それは定期的にいなくなり、決まって満月の夜であること。薬の量が増えていること、である。ジェームズたちが得た知識では、吸血鬼は満月の夜に、狩りをして人間の血を得ていることが多いというのと、昔、人狼は吸血鬼の眷属で共に夜を駆け巡った仲であったこと、銀製の十字架に弱い、ということぐらいだった。もちろん、リリーに話せるわけはないし、話したところで信じてもらえる内容ではないだろう。だけれど、人の良いジェームズのこと、ましてや、好きな女の子に頼られて否やがいえるわけが無かった。かくして安受けあいしたジェームズは、頭を抱えることになる。
が吸血鬼であると気がついていることをに話せば、なぜ気がついたのかということを話すことになり、引いてはリーマスが隠している秘密も話すことになってしまう。吸血鬼も人狼も同じ闇の魔法生物だから同じでいいじゃないか、と思ったところでそんなこと言えれば苦労はしない。
「ちょっと乱暴な方法だけれど、案が無いわけじゃない」
シリウスの提案に、ジェームズはやれやれとため息をついた。
「シリウスのは本当に、乱暴だからね……でも、それしかないか」
リーマスはなにか言いたげだったが、それでも何も言わず言葉を飲み込んだ。ピーターはリーマスとジェームズの顔をきょろきょろとみて、心配そうな顔をした。
決まったら、すぐに実行に移すのが彼らのやり方で、これから図書室でレポートの資料集めをしようとしていたを、シリウスは捕まえてなんだかんだと、言いながら普段は使われていない教室へと導いた。そこには、ジェームズが待ち構えていた。
「何よ」
不審そうに、はたたずむジェームズに尋ねた。のすぐ後ろにシリウスが立っていて、なんだか追い込まれているみたいだと、は思った。すると、教室の扉にカギをかける音がして、慌ててが振り返ると、門番のようにリーマスとピーターが立っていた。
「え? ……なに?」
さすがに不穏な空気に気がついて、が教室の出口へ向かおうとするとシリウスがそれを止めた。
「ちょっとの間、話を聞いてほしいんだ」
ジェームズがいつもと変わらない声音で言った。ジェームズが部屋の中央から動かないので、多少は身の安全があると思ったのか、は素直に向きかえりジェームズを見返した。
「これ、持ってみて」
ジェームズが手にしているのは、すこし大き目の銀でできた十字架であった。何の魔法もかかっていないので、ジェームズは平然と手にしていたが、それを見たは蒼白になり身体がわずかに震えた。
「な……なんでそんなこと、しなくちゃいけないのよ」
必死に平静を装うとは頑張っているが、口調がそれに伴わない。すでに震えている。その態度に、ジェームズはさらに確信を持って言った。
「たんなる十字架だよ、怖がらずにもてるだろ」
「そんなこと、閉じ込めないでやらなくても、いいでしょ」
「誰かに見られたら、まずいじゃないか……君は、吸血鬼なんだから」
ジェームズに吸血鬼、と断定されてほんのわずかな間、は呼吸が止まった。なんでもないかのように、また言葉を続ける。
「そんなわけ、ないでしょ」
それが、合図になったのかシリウスはを破壊締めにして押さえ込んだ。
「ちょ……ちょっと、シリウス!」
「人間なら、十字架ぐらい怖くないだろ」
は、必死にシリウスから逃れようとするが、体格差があるのでびくともしない。ジェームズは十字架を持ったままじりじりとに近づいていく。あと一歩、というところまできて、はシリウスの腕に獅噛み付き、両足でジェームズをけり倒すとその反動で後方へ一回転してシリウスの腕から抜けて着地した。再び捕まえようとするシリウスから、一目散に出口のほうへと走り、リーマスに捕まった。
リーマスが捕まえたというよりも、リーマスの腕の中にが飛び込んできた、といってもいいかもしれない。リーマスがを抱きとめて、顔を覗くと半泣きの表情ではリーマスを見上げていた。それが、リーマスの心に灯りをともした。ずっと闇しかなかった心に淡く小さな灯火が宿ったのだ。
リーマスは、を抱きしめて庇うようにシリウスの前に立ちふさがった。
「もう、やめよう。……彼女が吸血鬼だってのもわかったから」
「なんでだよ。銀の十字架を握らないとわからないだろ。銀の十字架が弱点なら、吸血鬼だ」
どうしても、その弱点というのをシリウスは確かめたいようだ。不満そうな表情をしている。
「なぜ私に構うの? ……何か私がした?」
「リリーに頼まれて。君の様子が周期的におかしいって。だから、君を探った。……本当に、吸血鬼?」
ジェームズの問いに、は観念したようにため息をついた。
「そうよ、私は……吸血鬼」
がたん、と何かがぶつかる音がしてぱたぱたと、廊下を駆け抜けて行く音が響いた。ピーターが慌てて扉を開けて音の主を確かめると、リリーが走って逃げて行く後姿が見えた。
「ねぇ……ジェームズ。満足? ……好きな娘のためなら、誰を傷つけても構わないって高慢に思ってるんでしょ?」
「そんなこと思ってない! ……リリーは、ここには呼ばない予定だった」
は、リーマスから離れてジェームズの前まで歩き、握られたままだった銀の十字架をその手に取った。肉の焼け焦げる匂いが部屋に充満して、思わず四人とも自分の口元を抑えた。は焼け爛れた右手をジェームズに突きつけ、銀の十字架を投げ捨てて言った。
「銀の十字架に火傷するの。だから、さわりたくなかったのよ」
吐き捨てるようにはいうと、教室から走り去った。その後を、慌ててリーマスが追いかける。三人だけ残された空き教室で、ジェームズはぼそっと呟いた。
「なんで、リーマスが『吸血鬼だってわかった』っていったか理解したよ……吸血鬼は、泣くと血の涙しか流せない」
も血の涙を流していた、と誰に言い聞かせるでもなくぼそぼそと言った。
「待って、」
「嫌よ、放っておいて。あんな辱め初めて受けた! 友達だと思っていたのに」
それでも、すぐにリーマスはに追いついてその手を引っ張って自分のほうへと引き寄せた。
「ごめん、止めるべきだった。……もっと違う……」
「私、貴方達の秘密を知っても誰にも言ってない。リリーにも、セブルスにもいってないの、だけど、あの仕打ちは何?」
涙混じりで訴える彼女の言葉にリーマスは瞠目した。
「ヒミツって……」
「貴方が私の眷属で、他の三人はアニメガースっていうこと」
さすがに声のトーンを落としてリーマスの耳元で囁いた。その熱い吐息がリーマスの耳元にかかり、リーマスは鼓動を早くした。
「知ってたんだ……」
「気がつかないほうがおかしいよ」
満月に限って聞こえる狼の咆哮と、犬の遠吠え。ためしに、満月で無い日にホグワーツを徘徊したが、狼と、犬と、鹿とネズミの取り合わせには会わなかった、とは言った。
「二年前から知ってた……満月の夜、偶然に会って……」
それから、ずっと気がついても黙っていたとは言った。
「黙っててくれて、嬉しい。……これは、本当だよ」
「でも、貴方達はひどい。とくに、ジェームズとシリウスは、自分達が目立たなければ気がすまないの?」
「それでも、僕にとっては親友だ。僕のために、彼らは法を犯した」
リーマスの言葉に急激に心の中の何かが覚めて行くのを、は感じた。だいぶ、気持ちが落ち着いてくるとこの状況が急激に恥ずかしくなった。成り行きとはいえ、はリーマスに獅噛み付いて、しっかりとリーマスのローブを握り締めているのだ。は、頬を赤くして俯向いた。それを、落ち込んだのだと勘違いしたリーマスは、の両肩に手を置いて力強く励ました。
「リリーのことは、僕も協力するから、今日は、本当にごめん」
は、リーマスの言葉にただただ、頷くことしかできなかった。