いつか大人になる日

心の奥に芽生えたもの

 リリーは、自分のベッドに閉じこもりカーテンを閉めたまま夕食すら食べようとしなかった。は声をかけたが、ベッドからは返事がなく一人で広間に降りた。が一人で降りてきたことにすぐに気がついたリーマスは、立ち上がってに走りよった。一緒にご飯を食べようと、を誘導する。
 の右手は、痕も残らず治っていた。吸血鬼は致命傷になる傷を受けたとき以外の傷は、すぐに治癒してしまうとは彼らに教えた。吸血鬼の血がなぜる技である。ジェームズたちは、向かいに座ったに口々に謝罪の言葉を述べた。は、怒りが抑えきれなかったが、謝罪されてしまったのでぐっとそれを飲み込んだ。
「僕たちも、リリーに話すから……その、ね?」
 ジェームズが弱りきった表情でいうから、は弱々しい表情でなんとか笑うことができた。



「あのさ、リーマス」
 就寝の時間まであと少し、という時間にベッドの上に座ってジェームズはたくらんだ表情で声をかけた。
 リーマスは、何? とたいして気にした風なく同じように自分のベッドの上に座った。
「最近思ったんだけど、リーマス、のこと好きだよね?」
 さらっとジェームズに投げ込まれた爆弾はリーマスに直撃したようで、リーマスは顔を真っ赤にしてそのまま自分のベッドに突っ伏した。
「わかり易いね」
 ジェームズはにこにこと、笑っているが他の二人は驚いて声も出ないといった面持ちだ。
「え? どこが、あいつの、どこがいいんだよ?」
「えーっそうだったの、リーマス」
 いったん、自分の胸にすとんと落ち着くとあとは疑問がわきあがるばかりである。二人ともベッドに突っ伏して顔を上げないリーマスに質問攻めだった。
「どこって……か……」
「か?」
 リーマスは仰向けに寝ッ転がって腹筋で起き上がると、顔を真っ赤にしたまま自棄になって呟いた。
「可愛いじゃないか」
 一瞬の沈黙、それはリーマスが言った言葉を言語として理解できるまでの三人の時間だったのかもしれない。
「なるほどねぇ……リーマスにかかれば、堅物も可愛い女の子か」
「あの女が、可愛い? どこが可愛いっていうんだよ」
「どういうところが可愛いの?」
 口々に発せられる言葉に、リーマスはさらに顔を赤くしてまたベッドに倒れこんだ。
「優しいし……笑った顔も可愛いけれど……泣き顔も可愛かった」
 三人の顔を見れなくて、リーマスは仰向けに寝転がったまま天井に向かって言った。
 秘密を知っても、ずっと黙っていてくれたとから告げられたとき、どれだけリーマスが嬉しかったのか彼女は知らない。ジェームズも、シリウスも、ピーターも本当は、はずっと四人の秘密を知っていて黙っていてくれたことをリーマスは教えてはいない。彼女の長所を他人に教えてやる必要は無いとリーマスは思っている。クディッチでゴールが決まって、嬉しそうに笑う顔も、女の子だとムリじゃないかなと思った、高い階段からの飛び越しジャンプを怖がらずに平気でやって得意げに笑う顔も、全部魅力的だった。何より、心に響いたのは普段は、強気で涙もぐっと唇をかみ締めて堪えているが、初めて泣いたときだ。
 泣き出せば、血の涙が流れて正体がばれるから泣くのを堪えていたのだろうけれど、あの時みた女の子の涙は砂糖菓子のようだとリーマスは思った。
「泣き顔って……普通、言わないと思うけど」
「ジェームズ」
 リーマスはベッドから再び起き上がって、何気ない風に名前を呼んだ。ジェームズも気軽に返事をする。
「シリウス」
「ん?」
「ピーター」
「なに?」
「わかってると思うけど……邪魔、しないでね」
 リーマスは、ただ、普通にいつものようににっこりと微笑んで言っただけである。具体的になんの邪魔をしないのかまったくリーマスは言わなかったが、付き合いの長い三人はすぐに察し、そして得も言われぬ威圧感に無言で何度も頷いた。
「僕はね……こんな僕でも、ずっと傍にいて守ってあげられる人を見つけたんだ」
 リーマスがぽつりと告げた言葉が重い。満月の夜には狼男になってしまう彼にとって、ずっと誰かの傍にいるというのは難しいことだった。動物に変身するなどの人間以外のものになれば傍にいることは可能だが、誰しもがそれができるわけではない。親友たちは、自分達の危険を顧みずそばにいてくれることを誓ってくれた。リーマスは初めて神に感謝した。そして、誰かを好きになることはできないと、心の中で戒めていた。
 それをいとも簡単に解きほぐしたのは、で彼女はなんと、人型をしていてもリーマスが噛み付きたいと思わない吸血鬼だった。満月の夜、彼女と共に過ごせる。そういうと、吸血鬼なら何でもいいのではないかと思われてしまいそうだが、だからいいのだと思っている。
 好きになった人がたまたま吸血鬼で……いつでも、一緒にいられる人だったということだ。


 朝になって、リリーはすでに自分のベッドにいなかった。もう、誰か先生に自分の正体を告げてしまったのだろうか、それとも、違うのかとは思案しながら着替えて談話室に下りていった。談話室には、リリーが一人だけいて暖かい暖炉の前のソファに座っていた。人の気配を感じて、リリーが振り返ると、ちょうど階段から降りてきたと視線がぶつかった。リリーは、一瞬だけ息を飲み込んでいつものように微笑んだ。
「おはよう。はやいのね、
 に対して躊躇したのは、息を飲み込んだ時間だけだった。
「おはよう……リリー」
 リリーは、ぐるっと談話室を見回してから言った。
「昨日は……ごめんなさい。話したくも無い『病気』のことを聞いてしまったわ。誰でも、知られたくないことってあると思うの。立ち入りすぎたわ……まだ、友達でいてくれる?」
 リリーは、誰かが聞いているかもしれないと慎重に言葉を選びながら、昨日のことを謝罪した。もちろん、が本当の意味で「病気」でないことも知っているし、がいつも飲んでいる白い錠剤が何を意味するかも見当がついている。
 一晩考えて……考えた末に出した結論は、は友達以外の何者でもないということだった。
「もちろん。リリーだって、びっくりしたでしょう。私の……『病気』」
 リリーは、困ったように眉根を寄せて頷いた。
「もう、朝食の時間だわ。少し早いけれど行きましょう」
 いつもと同じように、リリーとは連れ立って寮から出た。窓から差し込む朝日が、これほどきらきらと輝いていたものだっただろうかと、リリーは不思議に思った。自分次第で、世界が変わる、そんなことにリリーはいまさら気がついた。


 とリリーが連れ立って大広間に来たので悪戯仕掛け人たちは、ほっと胸をなでおろした。いつものように彼女達の近くの席に座った。ホグワーツ生の話題に上っているのは、もうすぐくるクリスマス休暇で、どのように過ごすのかという情報交換だ。クリスマスに帰らないのは、毎年シリウスとリーマスとと決まっている。
 だが、今朝のふくろう便でもクリスマスには帰ると言いだした。
「何かあったの?」
 リリーが心配そうにに尋ねるとは、困ったように笑った。
「父が正式に跡継ぎを決めるので帰ってこいって」
「跡継ぎって、そんなに格式のある家なの?」
 ピーターの疑問に、は気軽に答えた。
「嫌味なぐらい長い家系図があるわ」
 リーマスは残念そうに、を見返した。今年も、一緒にクリスマスを過ごせると思ったからだ。毎年宿題を一緒にやったり、雪投げしたり楽しく生活していたのにそれができないのかと思うと、少しだけ気分がへこんだ。
 それでも、リーマスはに思いを伝えることをためらった。いつもみんなと一緒にいるのでチャンスがないというのもあるが、断られそうな予感がするのだ。
 そんなわけで、いまだ進展なし。


 偶然、リーマスとは二人きりで談話室でチェスをしていた。リリーは最近、ようやく付き合いだしたジェームズとどこかへ遊びに行ってしまったし、シリウスはなんだかんだいいながら、ピーターを校内へ連れまわしてまた、悪戯を仕掛けに行った。
「ルークを五−D」
 チェスといっても普通のチェスではなくて、チェス盤を使っていない。二人ともチェスは得意だったので、盤面を使わなくても頭の中でこまの位置を把握することができた。傍目には、おかしなことをぶつぶつ言っている二人に見えるだろう。
 状況的には、が若干有利である。
の家ってどんな感じ?」
「どんなって……家が大きいことは確かかな」
 リーマスが続けてこまを動かすと、は「そんなところに……!」とリーマスの手のうまさに唸った。
「他には?」
「一門で住んでるから、土地が膨大にあるとか」
「い……一門? 一族じゃなくて」
「うん。一族に忠誠というか……まあ、一族の方針に従うって言う家の人たちがたくさんいるから」
 が状況を打開すべく、女王を動かした。
って好きな人はいないの?」
「は?」
 が聞き返したのにもかかわらず、リーマスはそれをさらっと流して、「チェックメイト」と言った。確かに、いままでのこまの動きを考えればチェックメイトだと、は今、気がついた。
「そ、そんな急にどうしたの?」
「慌てるなんて、好きな人、いるんだ?」
 チェックメイトしたものの、違う意味でリーマスは鼓動が高鳴る。どうしていきなり、こんなことを聞いたんだろうと思う。
「あ……いや、そうじゃなくて」
 は、打つ手なしと判断して負けを認めた。
「リーマスは、そういうことに興味ないと思ってたから」
 の言葉に、チェスには勝ったものの、リーマスは何かに負けた気がした。
「そんなこと聞くって事は、リーマスは好きな人でもできたの?」
 がにやにやと、笑う。その笑顔がどことなく悪戯を思いついたジェームズを髣髴とさせて、リーマスはたじろいだ。
「あ……えっと……」
「無理して言わなくていいよ。プレゼントとか、相談したいならいつでも聞くよ。さすがに、彼氏もちのリリーには聞けないだろうしね」
 あっさりと答えてしまったに、リーマスは男として見られてないんじゃないだろうか、と心配になった。ちょっとだけ、気まずいとリーマスが思っていると談話室の扉が開いてジェームズとリリーが戻ってきた。リリーは談話室で話しているとリーマスを見つけると、言った。
、外でお客様がお待ちよ」
「誰?」
「レイブンクローの……男の子」
 誰だろう、と呟きながらは立ち上がって談話室から出て行った。がいなくなったとたん、ジェームズとリリーは呆然として談話室の出口を見ているリーマスを取り囲んで座った。
「いいの? リーマス」
「え……なにが?」
「何が、じゃないよ。最近の人気が出てきたの知ってるだろ?」
「……人気……なの?」
「笑顔が可愛いって評判なの。今日のだって……ねぇ?」
 リリーがジェームズに視線を向けると、ジェームズが大仰に頷いた。
は鈍いから、察してないけど、リーマスならわかるだろ?」
「……」
 リーマスは、無言でジェームズをにらみつける。
「あ、いや、ほら、僕をにらんでもどうしようもないよ」
「それでも、僕はなにもできないよ」
 リーマスは、不機嫌そうに言うと部屋に戻る、と男子寮の階段を上がっていった。
 その頃、は寮の入り口の前でレイブンクロー生の男の子と向き合っていた。は、クディッチのレイブンクロー代表の選手だったかな? という認識しかない。ジェームズを応援しに行ってるのでついでに顔だけは知っているという程度だ。
「俺と、付き合わないか?」
 少しだけはにかみながら、言葉をつむいだ彼に多少の好感を持ったものの、には常人ではないというコンプレックスが存在する。
「ごめんね」
 即答だった。
「あいつと……グリフィンドールのルーピンと付き合ってるのか?」
「は?」
 寝耳に水だといわんばかりの驚きをはした。
「違うのか、なら、なんで?」
「うん……まだ、そういうこと考えられないから」
 リーマスとの関係が他人から見れば付き合っているように見える、と思われて混乱している反面、どこか冷静な自分が口から言葉を吐き出している、とは思った。それじゃ、とばかりには合言葉を言って寮への扉を開いた。一刻も早く退散したい。
「待って、俺、諦めないから」
 それは、貴方の自由だとは告げて、寮の中へ入った。扉で外を遮断して、はなぜか安堵のため息をついた。談話室へ行くと、ジェームズとリリーしかいない。
「リーマスは?」
「部屋に戻ったよ」
「じゃ、私も戻ろうかな……おやすみ」
 二人にひらひらと手を振って、は女子寮への階段を上った。
 吸血鬼は、相手を好きになるとその相手の血を吸いたくなる。寮生活を送るために、毎日薬を飲んでいるおかげで、にはほとんど吸血への欲求が抑えられている。そのためか、その手の感情は同年代に比べて薄い。
 これは、卒業しないとダメかな……と自分のベッドにもぐりながらは考えていた。



ひとこと

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