いつか大人になる日

花の家紋を受け継ぐ者

 クリスマス休暇はあっという間にやってきて、今回ばかりはも荷物とトランクに詰めていた。とはいっても、他の女の子達に比べるとやたらと荷物が少ない。洗面用具しか持ってないとが答えると、リリーまでもが驚いていた。
「だって……屋敷に服はたくさんあるし……」
「お嬢様だったわね……」
 リリーの呆れた声に、は苦笑してキングス・クロス駅を見渡した。迎えがきているはずだ。リリーも家族が迎えに来ているみたいで同じように、ホームをきょろきょろしている。
「お迎えに上がりました。お嬢様」
 魅惑的な低い声がの耳に届いて、自分を迎えに来た従僕であることに気がついた。彼はまだ若く、二十代後半というところだろうか。リリーは彼に気がつき頬を赤く染めた。そのぐらい容貌の美しい青年だ。
「ご苦労様。それじゃ、リリーまた、学校で」
「あ……うん。また、学校で」
 夢見心地でリリーは答える。は慣れたしぐさで、手にしていたトランクを従僕に渡して歩き出した。その後ろを従僕がついていく。
「みんな帰ってくるの?」
「本日、みなさまお帰りの予定です」
 そっか、とはため息をついた。兄弟達と仲がいいとは決して言えない。グリフィンドールである自分はかなり冷遇されていると思う。
 屋敷に着くとさっそく時代錯誤なドレスに着替えさせられた。太陽の光が苦手な者も多いため屋敷の中は常に微昏く、排他的な雰囲気がある。誰も彼もが青白い顔に、黒い縁取りの瞳、深紅に輝く瞳を持っている。
 嫌でも、帰宅の報告を両親にしないわけには行かない。リビングルームにいると聞かされて、はそこへ足を向けた。長いドレスが床をこする。
「ただいま帰りました。お父様、お母様」
 礼儀正しく一礼すると、母親から憎いといわんばかりの視線を向けられた。たしかに……スリザリン寮に選ばれなかったのだから、一族の厄介者だと思われても仕方が無いといまなら、諦めもつく。
 それが、大人になるということだろうか。
 まったく心の温まらない挨拶を両親と交わして、忌々しい部屋を立ち去ろうとすると父親から、祖父が「長き眠り」から目覚めたを告げられた。
 吸血鬼は、ある程度の歳が来るとこの世界に飽きるのか、絶望するのか「長き眠り」という棺おけに入って眠り続けるということを良くやっている。眠り続けるのなら永遠に眠っていてくれたほうが後の世代のためだと思うのだが、こうやってひょっこり眠りから覚めるときもある。または、起きている吸血鬼の誰かが眠りを起こしたか。
「おじい様は?」
「まだ地下室にいらっしゃる」
 地下室は「長き眠り」についた吸血鬼たちの棺桶が整然とかつ、粛々と並べられている部屋だ。はその部屋が帰ってきたような懐かしい錯覚に陥ることがある。吸血鬼の血がそうさせているのだろう。
 彼女は、地下室の扉を一気に開けた。かび臭いにおいと同時に、人間の血のにおいがした。どうやら祖父は、起きている吸血鬼によって強制的に起こされたようだ。大方、人間の血を棺桶の中に流し込まれたのだろう。
「ごきげんよう、おじい様」
か、……息災のようだな」
 礼儀正しくお辞儀をすると、祖父も礼儀正しく返す。棺桶の手近に合った椅子に座っている祖父は、まだ目覚めたばかりのようでかつての威風堂々とした姿は消えてしまっている。だが、声が、重量のある声がそのままであったことがにとって嬉しかった。
「世代が変わると聞いて、眠りから覚まされた……わしは、お前を推薦するよ。神祖様の正当なる血筋を引いたお前を」
 祖父の言葉に黙っては一礼した。跡継ぎとか、一門の名誉とかにはどうでもいいことばかりだった。ホグワーツが恋しい。一刻も早く、安堵をくれるあの学校に戻りたかった。なぜか、リーマスの笑顔が浮かんで消えた。
「私は、グリフィンドール生ですが」
「それが、どうしたというのだ。我らは代々スリザリン……だが、これからの危機を乗り越えるには違った毛並みのものが率いたほうがよかろうに」
 まだ、目覚めたばかりだというのに祖父はいろいろと現在の事情に詳しいようだ。も時折噂を耳にする。ヴォルディモート卿の勢力が拡大し、上古の闇の一族の利権が奪われていると。セブルスも、この間卒業したルシウスもヴォルディモート卿につくと言っていた。スリザリン生からは圧倒的な支持を得ているようだったが、他の寮でもヴォルディモート卿の魅力に抗えないものもいるのではないだろうか、とは考えていた。
 ともかく、ひとまず退散だとは祖父に一礼して部屋から出て行った。やっぱり、そのときに思ったのも、暖かいグリフィンドール寮の談話室が脳裏によぎった。
 父がこんなにもはやく、次代の候補を決めると言ったのはやはり、理由があった。上古の闇の一族の間ではやっている不治の病に父が冒されていたのだ。先は長くないからどうにかしようと思ったようだ。異母兄弟や親戚一族が勢ぞろいした広間で、次の時代の後継者の名前を現在の当主が呼ぶ、ただそれだけのために集められたのだ。
「後継者には……!」
 なぜだ、と思いながらは、後継者の証である一族の指輪を父親から受け取った。


 長かった冬休みが終わり、がずっと戻りたいと思ってきたホグワーツへ戻った。みんながクリスマス休暇の楽しい思い出に浮かれている中、だけが静かだ。唯一、休み前と違うのは、右手の薬指に一族の家紋がかたどられた指輪が光っていることだ。スリザリン生ならば知っている人も多いだろう、が次代の一族に認められた証だ。グリフィンドールの談話室へ行くと、すでにいつものメンバーが揃っていた。最初に指輪に気がついたのは、リリーで、あら? とした表情での手を見て顔を見た。だけれど、リリーはに何も聞いてこなかった。お互い、休み中に何があったのか面白おかしく情報交換をしていたけれど、終始リーマスだけが不機嫌だった。
 部屋に戻って、リリーが一刻でも早く聞きたいといわんばかりに、に問い詰めた。
「その指輪、誰からもらったの?」
 期待に満ちたリリーの瞳の輝きに疑問を感じたは、首をかしげた。
「彼氏からもらったんでしょう? いつの間に、は彼氏ができたの?」
「え?」
「彼氏からもらった指輪は、右手につけるってよく、いうでしょ」
 そういってリリーは右手の薬指に小さく誇らしげに輝く指輪を見せた。それは、リリーの繊細な手を引き立たせるデザインで、良く似合っていた。
 誤解された、と気がついてはなんだか急におかしくなって、噴出してしまった。
「彼氏じゃないよ……これは、家紋をかたどった指輪で、父が私を後継者として正式に認めた証なの」
 確かに、華奢なつくりの指輪はまるで、彼氏からプレゼントされたような指輪ではあるけれど、意味はまったく違う。リリーがもらった指輪には愛を、がもらった指輪には責任を忘れさせないためのものだ。
「……おめでとう……って言っていいのかしら?」
 リリーは多少なりとも、の複雑な家庭事情を知っている。相手の気持ちを配慮しながら言葉を選ぶところがリリーの長所であることをは良く知っていて、そこがリリーの好きな理由だった。
「ありがとう。別になりたかったわけじゃないけれど……なってしまったからには、一門を率いて行くしかないわ」
「やっぱり……いろいろ大変なの?」
「敵対している家とかあるからね、その人たちに権利を奪われないようにいろいろやってるみたい」
 はそういって、肩をすくめた。
「あ、そういえば……リーマスもすっごい勘違いしていたと思うわ」
 リリーがぽんと手を打った。
「勘違い?」
「だって、ずっと機嫌悪かったもの。……親の敵みたいに指輪をにらんでたし」
 それは、言いすぎなんじゃないか、とは思いながら自分の右手にはまった指輪をランプにすかした。
「明日、誤解を解いておくよ」
「だめ」
「なんで?」
「今」
 今しかないのよ! とリリーの声に後押しされて、まだ談話室にいるというリーマスに会いには女子寮の階段を下りていった。談話室へ行くと、確かに、リーマスが一人で鬱々とした雰囲気で暖炉の火をソファに座って眺めていた。
「リーマス」
 何て声をかけて言いのか判らなくて、はリーマスの名前を呼んだ。リーマスは振り返って、困ったように笑った。はリーマスの隣に座って、同じように暖炉の火を眺めた。とりあえず、何か言おうとが口を開いたら、リーマスが、の右手の薬指を左手の人差し指で叩いた。
「これ、誰からもらったの?」
「ああ……これはね」
 リーマスに良く見えるように、は右手を差し出すけれどリーマスは視線を向けようとしない。
「ちょっと、良く見てよ」
「なんで?」
「だから……これ、花の模様」
「いいセンスだね」
「でしょ。だって、これうちの家紋だもの」
 え? と驚いた顔をしてリーマスはを見返した。
「ようやく見てくれた。私、家を継ぐことになったの。それだけ」
「そっか」
 リーマスは安心したようにため息をついた。やがて、恥ずかしそうに頬を染めて、とは視線が合わないようにきょろきょろと視線を動かしながら呟いた。
「他の……男から……彼氏でもできて、もらったのかと思った」
「そんなわけないでしょ」
 は勤めて明るく言ったが、自分の言葉に傷ついたかのようにきゅっと眉根を寄せて、同じ言葉を弱々しく繰り返した。
「そんなわけないわ……私は、忌み嫌われる子だから」
 普通に生活できているだけでも、良く思わないと、と続いた言葉がリーマスの胸に突き刺さる。それは、かつて親友に会う前に思っていたことそのもので、胸が痛い。
 あの時、自分は、何ていわれて救われた……?
、僕がいる」
 とっさに、リーマスはを抱きしめた。ゆっくり、一言一言に染み渡るようにリーマスは言葉を選んだ。
「僕がずっとそばにいる。僕なら、満月の夜も君の傍にいられる。の衝動を抑えてあげられる」
 はいつだか言っていた。満月になると、血の渇望と格闘する。けれど、リーマスたちと夜歩きするとそれが収まると。
 リーマスは、自分ばかりが救われていると思っていたけれど、自分にもできることがあると、そのとき知って嬉しいと思った。
「僕は、の傍にいたい」
 のため、なんていうのは口実だ。本当は、ずっと傍にいたいと願っているのは自分だと、リーマスは知っている。
「……ありがとう」
 の右目から零れ落ちた、血の涙をリーマスは、唇で受け止めての目元に口付けた。
 は何をされたのか自覚すると耳まで真っ赤に染め上がった。
 第六学年になって、先生達から将来の進路についていろいろ聞かれることが多くなった。それぞれ進路が決まりだしても、とリーマスは一向に決まらない。
 リーマスはゆっくり探すことにしているらしいが、名家でもあるが決まらないのが不思議だと、周囲は噂した。
「父の容態が思わしくなくて……もしかしたら、卒業後、すぐに家を継ぐことになるかもしれない」
「仕事をしないのか?」
「領地を治めるだけで手一杯かな。上流ってのは、変な付き合いが多いから」
 納得、と言った表情をしたのは、同じように古い家柄のシリウスだ。談話室で勉強していたら、寮監のマクゴナガル先生が、談話室にやってきてを呼んだ。
「お父様が亡くなられたそうです。特別に、帰宅を許可します」
 は手にしていた羽ペンを手から取り落とした。
 トランクに簡単な荷物を詰めて、ホグワーツを出て行こうとするの後姿に、リーマスが声をかけた。
、大丈夫?」
「平気よ……一週間ぐらいで、戻るから」
 リーマスは、すぐにでもを抱きしめたかったが、ぐっと堪えて手を振った。同じように振り替えしたの笑顔が、引きつった笑顔だったのをリーマスは印象に残った。
 一週間ほどして、はホグワーツに戻ってきた。彼女は、すこしだけ憂えた笑顔をするようになった。リーマスとは、ホグワーツでは知らないものがいないほど、仲のよいカップルで、は悪戯仕掛け人たちほどではないが、優秀な成績でホグワーツを卒業することになった。



ひとこと

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